雪月花──西行『山家集』
櫻花 銀河に開く銀河あり
【 春 歌 】
一: 年のうちに春たちて雨の降りければ
春としもなほおもはれぬ心かな
雨ふる年のここちのみして
二: 山ごもりして侍りけるに、年をこめて春に成りぬと聞きけるからに、霞みわたりて、山河の音日頃にも似ず聞えければ
かすめども年のうちとはわかぬ間に
春を告ぐなる山川の水
三: 山ふかく住み侍りけるに、春立ちぬと聞きて
山路こそ雪のした水とけざらめ
都のそらは春めきぬらむ
四: 山里に春たつといふことを
山里は霞みわたれるけしきにて
空にや春の立つを知るらむ
五: 難波わたりに年超えに侍りけるに、春立つこころをよみける
いつしかも春きにけりと津の國の
難波の浦を霞こめたり
六: 春になりける方たがへに、志賀の里へまかりける人に具してまかりけるに、逢坂山の霞みたりけるを見て
わきて今日あふさか山の霞めるは
立ちおくれたる春や越ゆらむ
七:立春の朝よみける
年くれぬ春くべしとは思ひ寐に
まさしく見えてかなふ初夢
八:
山の端の霞むけしきにしるきかな
今朝よりやさは春のあけぼの
九:
春たつと思ひもあへぬ朝とでに
いつしか霞む音羽山かな
一〇:
たちかはる春を知れとも見せがほに
年をへだつる霞なりける
一一:
とけそむる初若水のけしきにて
春立つことのくまれぬるかな
一二:春立つ日よみける
何となく春になりぬと聞く日より
心にかかるみ吉野の山
一三:正月元日雨ふりけるに
いつしかも初春雨ぞふりにける
野邊の若菜も生ひやしぬらむ
一四:家々に春を翫ぶといふことを
門ごとにたつる小松にかざされて
宿てふやどに春は來にけり
一五:初春
岩間とぢし氷も今朝はとけそめて
苔の下水みちもとむらむ
一六:
ふりつみし高嶺のみ雪とけにけり
清瀧川の水のしらなみ
一七:春きて猶雪
かすめども春をばよその空に見て
解けんともなき雪の下水
一八:題しらず
三笠山春はこゑにて知られけり
氷をたたく鶯のたき
一九:
春あさみ篠《すず》のまがきに風さえて
まだ雪消えぬしがらきの里
二〇:嵯峨にまかりたりけるに、雪ふかかりけるを見おきて出でしことなど申し遣わすとて
おぼつかな春の日數のふるままに
嵯峨野の雪は消えやしぬらむ
二一:かへし 靜忍法師
立ち歸り君やとひくと待つほどに
まだ消えやらず野邊のあわ雪
二二:題しらず
春しれと谷の下みづもりぞくる
岩間の氷ひま絶えにけり
二三:
小ぜりつむ澤の氷のひまたえて
春めきそむる櫻井のさと
二四:
くる春は嶺の霞をさきだてて
谷のかけひをつたふなりけり
二五:
雪とくるしみゝにしだくから崎の
道行きにくきあしがらの山
二六:元日子日にて侍りけるに
子日してたてたる松に植ゑそへむ
千代かさぬべき年のしるしに
二七:子日
春ごとに野邊の小松を引く人は
いくらの千代をふべきなるらむ
二八:
ねの日する人に霞はさき立ちて
小松が原をたなびきにけり
二九:
子日しに霞たなびく野邊に出でて
初うぐひすの聲をきくかな
三〇:五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけるを、子日にあたりける日、折櫃にひきそへて遣すとて
君が爲ごえふの子日しつるかな
たび/\千代をふべきしるしに
三一:ただの松ひきそへて、この松の思ふこと申すべくなむとて
子日する野邊の我こそぬしなるを
ごえふなしとて引く人のなき
三二:若菜
春日野は年のうちには雪つみて
春は若菜のおふるなりけり
三三:雪中若菜
けふはただ思ひもよらで歸りなむ
雪つむ野邊の若菜なりけり
三四:雨中若菜
春雨のふる野の若菜おひぬらし
ぬれ/\摘まん籠《かたみ》手ぬきれ
三五:若菜に初子のあひたりければ、人のもとへ申しつかはしける
わか菜つむ今日に初子のあひぬれば
松にや人の心ひくらむ
三六:若菜に寄せてふるきを思ふということを
わか菜つむ野邊の霞ぞあはれなる
昔を遠く隔つと思へば
三七:老人の若菜といへることを
卯杖つき七くさにこそ出でにけれ
年をかさねて摘める若菜に
三八:寄若菜述懷といふことを
若菜おふる春の野守に我なりて
うき世を人につみ知らせばや
三九:野に人あまた侍りけるを、何する人ぞと聞きければ、菜摘む者なりと答へけるに、年の内に立ちかはる春のしるしの若菜か、さはと思ひて
年ははや月なみかけて越えにけり
うべつみけらしゑぐの若だち
四〇:題しらず
澤もとけずつめど籠にとどまらで
めにもたまらぬゑぐの草ぐき
四一:海邊の霞といふことを
もしほやく浦のあたりは立ちのかで
烟あらそふ春霞かな
四二:おなじこころを、伊勢の二見といふ所にて
波こすとふたみの松の見えつるは
梢にかかる霞なりけり
四三:霞によせてつれなきことを
なき人を霞める空にまがふるは
道をへだつる心なるべし
四四:世にあらじと思いける頃、東山にて、人々霞によせて思ひをのべけるに
そらになる心は春の霞にて
よにあらじとも思ひたつかな
四五:おなじ心をよみける
世を厭ふ名をだにもさはとどめ置きて
數ならぬ身の思出にせむ
四六:題しらず
霞まずは何をか春と思はまし
まだ雪消えぬみ吉野の山
四七:梅を
香にぞまづ心しめ置く梅の花色は
あだにも散りぬべければ
四八:
梅をのみわが垣ねには植ゑ置きて
見に來む人に跡しのばれむ
四九:
とめこかし梅さかりなるわが宿を
うときも人は折にこそよれ
五〇:山里の梅といふことを
香をとめむ人をこそまて山里の
垣根の梅のちらぬかぎりは
五一:
心せむ賤が垣ほの梅はあやな
よしなく過ぐる人とどめける
五二:
この春はしづが垣ほにふれわびて
梅が香とめむ人したしまむ
五三:旅のとまりの梅
ひとりぬる草の枕のうつり香は
垣根の梅のにほひなりけり
五四:古き砌の梅
何となく軒なつかしき梅ゆゑに
住みけむ人の心をぞ知る
五五:嵯峨に住みけるに、道を隔てて坊の侍りけるより、梅の風にちりけるを
ぬしいかに風渡るとていとふらむ
よそにうれしき梅の匂を
五六:庵の前なりける梅を見てよめる
梅が香を山ふところに吹きためて
入りこん人にしめよ春風
五七:伊勢のにしふく山と申す所に侍りけるに、庵の梅かうばしくにほひけるを
柴の庵による/\梅の匂い來て
やさしき方もあるすまひかな
五八:閑中鶯といふことを
うぐひすのこゑぞ霞にもれてくる
人目ともしき春の山里
五九:雨中鶯
うぐひすの春さめざめとなきゐたる
竹の雫や涙なるらむ
六〇:住みける谷に、鶯の聲せずなりにければ
古巣うとく谷の鶯なりはてば
我やかはりてなかむとすらむ
六一:
うぐひすは谷の古巣を出でぬとも
わが行方をば忘れざらなむ
六二:
鶯は我を巣もりにたのみてや
谷の外へは出でて行くらむ
六三:
春のほどは我が住む庵の友になりて
古巣な出でそ谷の鶯
六四:鶯によせておもひをのべけるに
うき身にて聞くも惜しきはうぐひすの
霞にむせぶ曙のこゑ
六五:梅に鶯の鳴きけるを
梅が香にたぐへて聞けばうぐひすの
聲なつかしき春の山ざと
六六:
つくり置きし梅のふすまに鶯は
身にしむ梅の香やうつすらむ
六七:題しらず
山ふかみ霞こめたる柴の庵に
こととふものは谷のうぐひす
六八:
すぎて行く羽風なつかし鶯の
なづさひけりな梅の立枝を
六九:
鶯は田舎の谷の巣なれども
だみたる聲は鳴かぬなりけり
七〇:
雨しのぐ身延の郷のかき柴に
巣立はじむる鶯のこゑ
七一:
鶯の聲にさとりをうべきかは
聞く嬉しさもはかなかりけり
七二:鳴き絶えたりける鶯の、住み侍りける谷に、聲のしければ
思ひ出でて古巣にかへる鶯は
旅のねぐらや住みうかるらむ
七三:深山不知春といふことを
雪分けて外山が谷のうぐひすは
麓の里に春や告ぐらむ
七四:山里の柳
山がつの片岡かけてしむる庵の
さかひにたてる玉のを柳
七五:柳風にみだる
見渡せばさほの川原にくりかけて
風によらるる青柳の糸
七六:雨中柳
なかなかに風のおすにぞ亂れける
雨にぬれたる青柳のいと
七七:水邊柳
水底にふかきみどりの色見えて
風に浪よる河やなぎかな
七八:さわらび
なほざりに燒き捨てし野のさ蕨は
折る人なくてほどろとやなる
七九:霞に月のくもれるを見て
雲なくておぼろなりとも見ゆるかな
霞かかれる春の夜の月
八〇:山里の春雨といふことを、大原にて人々よみけるに
春雨の軒たれこむるつれづれに
人に知られぬ人のすみかか
八一:きぎすを
もえ出づる若菜あさるときこゆなり
きぎす鳴く野の春の曙
八二:
生ひかはる春の若草まちわびて
原の枯野にきぎす鳴くなり
八三:
片岡にしばうつりして鳴くきぎす
立羽おとしてたかゝらぬかは
八四:
春霞いづち立ち出て行きにけむ
きぎす棲む野を燒きてけるかな
八五:歸雁
玉づさのはしがきかとも見ゆる哉
とびおくれつつ歸る雁がね
八六:霞中歸雁といふことを
何となくおぼつかなきは天の原
かすみに消えて歸る雁がね
八七:
かりがねは歸る道にやまどふらむ
越の中山かすみへだてて
八八:山家呼子鳥
山ざとに誰を又こはよぶこ鳥
ひとりのみこそ住まむと思ふに
八九:題しらず
ませにさく花にむつれて飛ぶ蝶の
羨しきもはかなかりけり
九〇:
春といへば誰も吉野の花をおもふ
心にふかきゆゑやあるらむ
九一:春の月あかかりけるに、花まだしき櫻の枝を風のゆるがしけるを見て
月みれば風に櫻の枝なべて
花かとつぐるここちこそすれ
九二:花を待つ心を
今さらに春を忘るる花もあらじ
やすく待ちつつ今日も暮らさむ
九三:
おぼつかないづれの山の峰よりか
待たるる花の咲きはじむらむ
九四:待花忘他といふことを
まつによりちらぬ心を山ざくら
咲きなば花の思ひ知らなむ
九五:題しらず
春になる櫻の枝は何となく
花なけれどもむつましきかな
九六:
空晴るる雲なりけりな吉野山
花もてわたる風と見たれば
九七:
さらにまた霞にくるる山路かな
花をたづぬる春のあけぼの
九八:
雲もかかれ花とを春は見て過ぎむ
いづれの山もあだに思はで
九九:
雲かかる山とは我も思ひ出でよ
花ゆゑ馴れしむつび忘れず
○一○○:ひとり山の花を尋ぬといふことを
誰かまた花を尋ねてよしの山
苔ふみわくる岩つたふらむ
〇一〇一:老木の櫻のところどころに咲きたるを見て
わきて見む老木は花もあはれなり
今いくたびか春にあふべき
〇一〇二:老見花といふことを
老づとに何をかせまし此春の
花待ちつけぬわが身なりせば
〇一〇三:春は花を友といふことを、せが院の齋院にて人々よみけるに
おのづから花なき年の春もあらば
何につけてか日をくらさまし
〇一〇四:せが院の花盛なりける頃、としただがいひ送りける
おのづから來る人あらばもろともに
ながめまほしき山櫻かな
〇一〇五:返し
ながむてふ數に入るべき身なりせば
君が宿にて春は經なまし
〇一〇六:上西門院の女房、法勝寺の花見られけるに、雨のふりて暮れにければ、歸られにけり。又の日、兵衞の局のもとへ、花の御幸おもひ出させ給ふらむとおぼえて、かくなむ申さまほしかりし、とて遣しける
見る人に花も昔を思ひ出でて
戀しかるべし雨にしをるる
〇一〇七:返し
いにしえを忍ぶる雨と誰か見む
花もその世の友しなければ
若き人々ばかりなむ、老いにける身は風の煩はしさに、厭はるることにてとありけるなむ、やさしくきこえける
〇一〇八:白河の花、庭面白かりけるを見て
あだにちる梢の花をながむれば
庭には消えぬ雪ぞつもれる
〇一〇九:庭の花波に似たりといふことを詠みけるに
風あらみこずゑの花のながれきて
庭に波立つしら川の里
〇一一〇:山寺の花さかりなりけるに、昔を思ひ出でて
よしの山ほき路づたひに尋ね入りて
花みし春は一むかしかも
〇一一一:雨のふりけるに、花の下に車を立ててながめける人に
ぬるともとかげを頼みて思ひけむ
人の跡ふむ今日にもあるかな
〇一一二:世をのがれて東山に侍る頃、白川の花ざかりに人さそひければ、まかり歸りけるに、昔おもひ出でて
ちるを見て歸る心や櫻花
むかしにかはるしるしなるらむ
〇一一三:かきたえてこととはずなりにける人の、花見に山里へまうできたりと聞きてよみける
年を經ておなじ梢に匂へども
花こそ人にあかれざりけれ
〇一一四:花の下にて月を見てよみける
雲にまがふ花の下にてながむれば
朧に月は見ゆるなりけり
〇一一五:春のあけぼの、花見けるに、鶯の鳴きければ
花の色や聲に染むらむ鶯のなく
音ことなる春のあけぼの
〇一一六:屏風の繪を人々よみけるに、春の宮人むれて花見ける所に、よそなる人の見やりてたてりけるを
木のもとは見る人しげし櫻花
よそにながめて我は惜しまむ
〇一一七:寂然紅葉のさかりに高野にまうでて、出でにける又の年の花の折に、申し遣しける
紅葉みし高野の峯の花ざかり
たのめし人の待たるるやなぞ
〇一一八:かへし 寂然
ともに見し嶺の紅葉のかひなれや
花の折にもおもひ出ける
〇一一九:那智に籠りし時、花のさかりに出でける人につけて遣しける
ちらでまてと都の花をおもはまし
春かへるべきわが身なりせば
〇一二〇:閑ならんと思ひける頃、花見に人々のまうできければ
花見にとむれつつ人のくるのみぞ
あたら櫻のとがにはありける
〇一二一:
花もちり人もこざらむ折は又
山のかひにてのどかなるべし
〇一二二:國々めぐりまはりて、春歸りて吉野の方へまゐらむとしけるに、人の、このほどはいづくにか跡とむべきと申しければ
花をみし昔の心あらためて
吉野の里にすまむとぞ思ふ
〇一二三:花の歌あまたよみけるに
空に出でていづくともなく尋ぬれば
雪とは花の見ゆるなりけり
〇一二四:
雪とぢし谷の古巣を思ひ出でて
花にむつるゝ鶯の聲
〇一二五:
よしの山雲をはかりに尋ね入りて
心にかけし花を見るかな
〇一二六:
おもひやる心や花にゆかざらむ
霞こめたるみよしのの山
〇一二七:
おしなべて花の盛に成にけり
山の端ごとにかかる白雲
〇一二八:
まがふ色に花咲きぬればよしの山
春は晴れせぬ嶺の白雲
〇一二九:
吉野山梢の花を見し日より
心は身にも添はずなりにき
〇一三〇:
あくがるる心はさても山櫻
ちりなむ後や身にかへるべき
〇一三一:
花みればそのいはれとはなけれども
心のうちぞ苦しかりける
〇一三二:
白河の梢を見てぞなぐさむる
吉野の山にかよふ心を
〇一三三:
ひきかへて花見る春は夜はなく
月みる秋は晝なからなむ
〇一三四:
花ちらで月はくもらぬ世なりせば
物を思はぬわが身ならまし
〇一三五:
たぐひなき花をし枝にさかすれば
櫻にならぶ木ぞなかりける
〇一三六:
身を分けて見ぬ梢なくつくさばや
よろづの山の花の盛を
〇一三七:
櫻さくよもの山邊をかぬる間に
のどかに花をみぬ心地する
〇一三八:
花にそむ心のいかで殘りけむ
捨てはててきと思ふわが身に
〇一三九:
白河の春の梢のうぐひすは
花の言葉を聞くここちする
〇一四〇:
ねがはくは花の下にて春死なん
そのきさらぎのもち月の頃
〇一四一:
佛には櫻の花をたてまつれ
わが後の世を人とぶらはば
〇一四二:
何とかや世にありがたき名をしたる
花に櫻にまさりしもせじ
〇一四三:
山ざくら霞の衣あつくきて
この春だにも風つつまなむ
〇一四四:
思ひやる高嶺の雲の花ならば
ちらぬ七日は晴れじとぞ思ふ
〇一四五:
のどかなる心をきへに過しつつ
花ゆゑにこそ春を待ちしか
〇一四六:
かざこしの嶺のつづきに咲く花は
いつ盛ともなくや散るらむ
〇一四七:
ならひありて風さそふとも山櫻
たづぬる我を待ちつけてちれ
〇一四八:
すそ野やく烟ぞ春は吉野山
花をへだつるかすみなりける
〇一四九:
今よりは花見む人に傳へおかむ
世をのがれつつ山に住まむと
〇一五〇:題しらず
わび人の涙に似たる櫻かな
風身にしめばまづこぼれつつ
〇一五一:
吉野山やがて出でじと思ふ身を
花ちりなばと人や待つらむ
〇一五二:
人もこず心もちらで山里は
花をみるにもたよりありけり
〇一五三:
おなじくは月の折さけ山櫻
花みるをりのたえまあらせじ
〇一五四:花のうた十五首よみけるに
よしの山人に心をつけがほに
花よりさきにかかる白雲
〇一五五:
山寒み花咲くべくもなかりけり
あまりかねても尋ね來にけり
〇一五六:
かたばかりつぼむと花を思ふより
そらまた心ものになるらむ
〇一五七:
おぼつかな谷は櫻のいかならむ
嶺にはいまだかけぬ白雲
〇一五八:
花ときくは誰もさこそは嬉しけれ
思ひしづめぬわが心かな
〇一五九:
初花のひらけはじむる梢より
そばえて風のわたるなるかな
〇一六〇:
おぼつかな春は心の花にのみ
いづれの年かうかれそめけむ
〇一六一:
いざ今年ちれと櫻をかたらはむ
中々さらば風や惜しむと
〇一六二:
風ふくと枝をはなれておつまじく
花とぢつけよ青柳の糸
〇一六三:
吹く風のなべて梢にあたるかなかばかり人の惜しむ櫻を
〇一六四:
なにとかくあだなる花の色をしも
心にふかく染めはじめけむ
〇一六五:
同じ身の珍らしからず惜しめばや
花もかはらず咲きは散るらむ
〇一六六:
嶺にちる花は谷なる木にぞ
咲くいたくいとはじ春の山風
〇一六七:
山おろしに亂れて花の散りけるを
岩はなれたる瀧とみたれば
〇一六八:
花もちり人も都へ歸りなば
山さびしくやならむとすらむ
〇一六九:題しらず
君こずば霞に今日も暮れなまし
花待ちかぬる物がたりせで
〇一七〇:
吉野山さくらが枝に雪ちりて
花おそげなる年にもあるかな
〇一七一:
吉野山こぞのしをりの道かへて
まだ見ぬかたの花を尋ねむ
〇一七二:
さきやらぬものゆゑかねて物ぞ思ふ
花に心の絶えぬならひに
〇一七三:
花を待つ心こそなほ昔なれ
春にはうとくなりにしものを
〇一七四:
さきそむる花を一枝まづ折りて
昔の人のためと思はむ
〇一七五:
あはれわれおほくの春の花を見て
そめおく心誰にゆづらむ
〇一七六:
春をへて花のさかりにあひきつつ
思ひ出おほき我が身なりけり
〇一七七:
ちらぬまはさかりに人もかよひつつ
花に春あるみよしのの山
〇一七八:
よしの山花をのどかに見ましやは
うきがうれしき我が身なりけり
〇一七九:
山路わけ花をたづねて日は暮れぬ
宿かし鳥の聲もかすみて
〇一八〇:
ちらばまたなげきやそはむ山櫻
さかりになるはうれしけれども
〇一八一:
谷風の花の波をし吹きこせば
ゐせぎにたてる嶺のむら松
〇一八二:
今の我も昔の人も花みてん
心の色はかはらじものを
〇一八三:
花いかに我をあはれと思ふらむ
見て過ぎにける春をかぞへて
〇一八四:
山櫻かざしの花に折そへて
かぎりの春のいへづとにせむ
〇一八五:百首の歌の中に花十首
吉野山花の散りにし木のもとに
とめし心は我を待つらむ
〇一八六:
よしの山高嶺の櫻さきそめば
かからんものか花の薄雲
〇一八七:
人はみな吉野の山へ入りぬめり
都の花にわれはとまらむ
〇一八八:
尋ね入る人には見せじ山櫻
われとを花にあはむと思へば
〇一八九:
山櫻さきぬと聞きて見にゆかむ
人をあらそふ心とどめて
〇一九〇:
山ざくらほどなくみゆる匂ひかな
盛を人にまたれ/\て
〇一九一:
花の雪の庭につもると跡つけじ
かどなき宿といひちらさせて
〇一九二:
ながめつるあしたの雨の庭の面に
花の雪しく春の夕暮
〇一九三:
吉野山ふもとの瀧にながす花や
嶺につもりし雪の下水
〇一九四:
ねにかへる花をおくりて吉野山
夏のさかひに入りて出でぬる
〇一九五:遠山殘花
吉野山一むらみゆる白雲は
咲きおくれたる櫻なるべし
〇一九六:落花の歌あまたよみけるに
勅とかやくだす御門のいませかし
さらば恐れて花やちらぬと
〇一九七:
波もなく風ををさめし白川の
君のをりもや花は散りけむ
〇一九八:
いかでわれ此世の外の思ひ出に
風をいとはで花をながめむ
〇一九九:
年を經て待つと惜しむと山櫻
心を春はつくすなりけり
〇二〇〇:
吉野山谷へたなびく白雲は
嶺の櫻の散るにやあるらむ
〇二〇一:
山おろしの木のもとうづむ花の雪は
岩井にうくも氷とぞみる
〇二〇二:
春風の花のふぶきにうづもれて
行きもやられぬ志賀の山道
〇二〇三:
たちまがふ嶺の雲をば拂ふとも
花をちらさぬ嵐なりせば
〇二〇四:
よしの山花ふき具して峰こゆる
嵐は雲とよそに見ゆらむ
〇二〇五:
惜しまれぬ身だにも世にはあるものを
あなあやにくの花の心や
〇二〇六:
うき世にはとどめおかじと春風の
ちらすは花を惜しむなりけり
〇二〇七:
もろともに我をも具してちりね花
うき世をいとふ心ある身ぞ
〇二〇八:
思へただ花のなからむ木のもとに
何をかげにて我身住みなむ
〇二〇九:
ながむとて花にもいたく馴れぬれば
散る別こそ悲しかりけれ
〇二一〇:
惜しめばと思ひげもなくあだにちる
花は心ぞかしこかりける
〇二一一:
梢ふく風の心はいかがせん
したがふ花のうらめしきかな
〇二一二:
いかでかは散らであれとも思ふべき
暫しと慕ふなさけ知れ花
〇二一三:
木のもとの花に今宵は埋もれて
あかぬ梢を思ひあかさむ
〇二一四:
このもとの旅寢をすれば吉野山
花のふすまを着する春風
〇二一五:
雪と見てかげに櫻の亂るれば
花のかさ着る春の夜の月
〇二一六:
ちる花を惜しむ心やとどまりて
又こむ春の誰になるべき
〇二一七:
春ふかみ枝もうごかでちる
花は風のとがにはあらぬなるべし
〇二一八:
あながちに庭をさへ吹く嵐かな
さこそ心に花をまかせめ
〇二一九:
あだにちるさこそ梢の花ならめ
すこしはのこせ春の山風
〇二二〇:
心えつただ一すぢに今よりは
花を惜しまで風をいとはむ
〇二二一:
よしの山櫻にまがふ白雲の
散りなん後は晴れずもあらなむ
〇二二二:
花と見ばさすがなさけをかけましを
雲とて風の拂ふなるべし
〇二二三:
風さそふ花の行方は知らねども
惜しむ心は身にとまりけり
〇二二四:
花ざかり梢をさそふ風ならで
のどかに散らむ春はあらばや
〇二二五:
風にちる花の行方は知らねども
惜しむ心は身にとまりけり
〇二二六:
世の中をおもへばなべて散る花の
我身をさてもいづちかもせむ
〇二二七:
風もよし花をもちらせいかがせむ
思ひはつればあらまうき世ぞ
〇二二八:
鶯の聲に櫻ぞちりまがふ
花のこと葉を聞くここちして
〇二二九:
花もちり涙ももろき春なれや
又やはとおもふ夕暮の空
〇二三〇:
花さへに世をうき草になしにけり
ちるを惜しめばさそふ山水
〇二三一:雨中落花
梢うつ雨にしをれてちる花の
惜しき心を何にたとへむ
〇二三二:風の前の落花といふことを
山ざくら枝きる風の名殘なく
花をさながらわが物にする
〇二三三:山路落花
ちりそむる花の初雪ふりぬれば
ふみ分けまうき志賀の山越
〇二三四:夢中落花といふことを、前齋院にて人々よみけるに
春風の花をちらすと見る夢は
覺めても胸のさわぐなりけり
〇二三五:散りて後花を思ふといふことを
青葉さへみれば心のとまるかな
散りにし花の名殘と思へば
〇二三六:櫻にならびてたてりける柳に、花の散りかかるを見て
吹みだる風になびくと見しほどは
花ぞ結べる青柳の糸
〇二三七:花の散りたりけるに並びて咲きはじめける櫻を見て
ちるとみれば又咲く花の匂ひにも
おくれさきだつためしありけり
〇二三八:苗代
苗代の水を霞はたなびきて
うちひのうへにかくるなりけり
〇二三九:題しらず
たしろみゆる池のつつみのかさそへて
たたふる水や春のよの爲
〇二四〇:
庭にながす清水の末をせきとめて
門田やしなふ頃にもあるかな
〇二四一:蛙
ま菅おふる山田に水をまかすれば
嬉しがほにも鳴く蛙かな
〇二四二:
みさびゐて月も宿らぬ濁江に
われすまむとて蛙鳴くなり
〇二四三:題しらず
かり殘すみづの眞菰にかくろひて
かけもちがほに鳴く蛙かな
〇二四四:菫
あとたえて淺茅しげれる庭の面に
誰分け入りて菫つみけむ
〇二四五:
誰ならむあら田のくろに菫つむ
人は心のわりなかりけり
〇二四六:
古郷の昔の庭を思ひ出でて
すみれつみにと來る人もがな
〇二四七:題しらず
菫さくよこ野のつばな生ひぬれば
思ひ思ひに人かよふなり
〇二四八:
つばなぬく北野の茅原あせ行けば
ずみれぞ生ひかはりける
〇二四九:山路のつつじ
はひつたひ折らでつつじを手にぞとる
さかしき山のとり所には
〇二五〇:躑躅山の光たりといふことを
躑躅咲く山の岩かげ夕ばえて
をぐらはよその名のみなりけり
〇二五一:かきつばた
沼水にしげる眞菰のわかれぬを
咲き隔てたるかきつばたかな
〇二五二:
つくりすて荒らしはてたる澤小田に
さかりにさける杜若かな
〇二五三:山吹
きし近みうゑけん人ぞ恨めしき
波にをらるる山吹の花
〇二五四:
山吹の花咲く里に成ぬれば
ここにもゐでとおもほゆるかな
〇二五五:伊勢にまかりたりけるに、みつと申す所にて、海邊の春の暮といふことを、神主どもよみけるに
過ぐる春潮のみつより船出して
波の花をやさきにたつらむ
〇二五六:春のうちに郭公をきくといふことを
嬉しとも思ひぞわかぬ郭公
春きくことの習ひなければ
〇二五七:暮春
春くれて人ちりぬめり芳野山
花のわかれを思ふのみかは
〇二五八:三月、一日たらで暮れけるによみける
春ゆゑにせめても物を思へとや
みそかにだにもたらで暮れぬる
〇二五九:三月晦日に
今日のみと思へばながき春の日も
程なく暮るる心地こそすれ
〇二六〇:
行く春をとどめかねぬる夕暮は
あけぼのよりもあはれなりけり
【 夏 歌 】
〇二六一:題しらず
限あれば衣ばかりをぬぎかへて
心は花をしたふなりけり
〇二六二:夏の歌よみけるに
草しげる道かりあけて山ざとに
花みし人の心をぞみる
〇二六三:夜卯花
まがふべき月なきころの卯花は
よるさへさらす布かとぞ見る
〇二六四:水邊卯花
立田川きしのまがきを見渡せば
ゐせぎの波にまがふ卯花
〇二六五:
山川の波にまがへるうの花を
立かへりてや人は折るらむ
〇二六六:社頭卯花
神垣のあたりに咲くもたよりあれや
ゆふかけたりとみゆる卯花
〇二六七:時鳥
わが宿に花たちばなをうゑてこそ
山時鳥待つべかりけれ
〇二六八:
尋ぬれば聞きがたきかと時鳥
こよひばかりはまちこころみむ
〇二六九:
時鳥まつ心のみつくさせて
聲をば惜しむ五月なりけり
〇二七〇:雨のうちに郭公を待つといふことをよみける
ほととぎすしのぶ卯月も過ぎにしを
猶聲惜しむ五月雨の空
〇二七一:郭公を待ちて明けぬといふことを
時鳥なかで明けぬと告げがほに
またれぬ鳥のねぞ聞ゆなる
〇二七二:
郭公きかで明けぬる夏の夜の
浦島の子はまことなりけり
〇二七三:人にかはりて
まつ人の心を知らば郭公
たのもしくてや夜をあかさまし
〇二七四:無言なりけるころ、郭公の初聲を聞きて
時鳥人にかたらぬ折にしも
初音聞くこそかひなかりけれ
〇二七五:不尋聞子規といふことを、賀茂社にて人々よみけるに
郭公卯月のいみにゐこもるを
思ひ知りても來鳴くなるかな
〇二七六:雨中時鳥
五月雨の晴間もみえぬ雲路より
山時鳥なきて過ぐなり
〇二七七:夕暮時鳥といふことを
里なるるたそがれどきの郭公
きかずがほにて又なのらせむ
〇二七八:山寺の時鳥といふことを人々よみけるに
郭公ききにとてしもこもらねど
初瀬の山はたよりありけり
〇二七九:時鳥を
時鳥きく折にこそ夏山の
青葉は花におとらざりけれ
〇二八〇:
蜀魂おもひもわかぬ一聲を
聞きつといかが人にかたらむ
〇二八一:
ほととぎすいかばかりなる契にて
心つくさで人の聞くらむ
〇二八二:
かたらひしその夜の聲は時鳥
いかなる世にも忘れんものか
〇二八三:
ほととぎす花橘はにほうとも
身をうの花の垣根忘るな
〇二八四:時鳥の歌五首よみけるに
時鳥きかぬものゆゑまよはまし
花を尋ねぬ山路なりせば
〇二八五:
まつことは初音までかと思ひしに
聞きふるされぬ郭公かな
〇二八六:
聞きおくる心を具して時鳥
たかまの山の嶺こえぬなり
〇二八七:
大井河をぐらの山の子規ゐせぎに聲のとまらましかば
〇二八八:
時鳥そののちこえむ山路にも
かたらふ聲はかはらざらなむ
〇二八九:百首の歌の中に郭公十首
なかん聲や散りぬる花の名殘なる
やがて待たるる時鳥かな
〇二九〇:
春くれてこゑに花咲く時鳥
尋ぬることも待つもかはらぬ
〇二九一:
きかで待つ人思ひしれ時鳥
ききても人は猶ぞまつめる
〇二九二:
所から聞きがたきかと郭公
さとをかへても待たむとぞ思ふ
〇二九三:
初聲を聞きての後は時鳥
待つも心のたのもしきかな
〇二九四:
さみだれの晴間尋ねて郭公
雲井につたふ聲聞ゆなり
〇二九五:
郭公なべて聞くには似ざりけり
深き山べのあかつきの聲
〇二九六:
時鳥ふかき山邊にすむかひは
梢につづく聲を聞くなり
〇二九七:
よるの床をなきうかされむ時鳥
物思ふ袖をとひにきたらば
〇二九八:
郭公月のかたぶく山の端に
出でつるこゑのかへりいるかな
〇二九九:題しらず
山里の人もこずゑの松がうれに
あはれにきゐる時鳥かな
〇三:
ならべける心はわれか郭公
君まちえたる宵のまくらに
〇三〇一:郭公
聞かずともここをせにせむほととぎす
山田の原の杉の村立
〇三〇二:
世のうきをおもひし知ればやすきねを
あまりこめたる郭公かな
〇三〇三:
うき身知りて我とは待たじ時鳥
橘にほふとなりたのみて
〇三〇四:
ほととぎす花橘になりにけり
梅にかをりし鶯のこゑ
〇三〇五:
鶯の古巣より立つほととぎす
藍よりもこき聲のいろかな
〇三〇六:
うき世おもふわれかはあやな時鳥
あはれもこもる忍びねの聲
〇三〇七:
郭公いかなるゆゑの契りにて
かかる聲ある鳥となるらむ
〇三〇八:
時鳥ふかき嶺より出でにけり
外山のすそに聲のおちくる
〇三〇九:美濃の國にて
郭公都へゆかばことづてむ
越えくらしたる山のあはれを
〇三一〇:五月の晦日に、山里にまかりて立ちかへりにけるを、時鳥もすげなく聞き捨てて歸りしことなど、人の申し遣しける返ごとに
時鳥なごりあらせて歸りしか
聞き捨つるにも成にけるかな
〇三一一:五日、さうぶを人の遣したりける返亊に
世のうきにひかるる人はあやめ草
心のねなき心地こそすれ
〇三一二:さることありて人の申し遣しける返ごとに、五日
折におひて人に我身やひかれまし
つくまの沼の菖蒲なりせば
〇三一三:高野に中院と申す所に、菖蒲ふきたる坊の侍りけるに、櫻のちりけるが珍しくおぼえてよみける
櫻ちるやどにかさなるあやめをば
花あやめとやいふべかるらむ
〇三一四:
ちる花を今日の菖蒲のねにかけて
くすだまともやいふべかるらむ
〇三一五:五月五日、山寺へ人の今日いるものなればとて、さうぶを遣したりける返亊に
西にのみ心ぞかかるあやめ草
この世はかりの宿と思へば
〇三一六:
みな人の心のうきはあやめ草
西に思ひのひかぬなりけり
〇三一七:
五月雨の軒の雫に玉かけて宿をかざれるあやめぐさかな
〇三一八:五月會に熊野へまゐりて下向しけるに、日高に、宿にかつみを菖蒲にふきたりけるを見て
かつみふく熊野まうでのとまりをば
こもくろめとやいふべかるらむ
〇三一九:題しらず
空晴れて沼のみかさをおとさずば
あやめもふかぬ五月なるべし
〇三二〇:五月雨
水たたふ入江の眞菰かりかねて
むな手にすつる五月雨の頃
〇三二一:
五月雨に水まさるらし宇治橋や
くもでにかかる波のしら糸
〇三二二:
こ笹しく古里小野の道のあとを
又さはになす五月雨のころ
〇三二三:
つくづくと軒の雫をながめつつ
日をのみ暮らす五月雨のころ
〇三二四:
東屋のをがやが軒のいと水に
玉ぬきかくるさみだれの頃
〇三二五:
五月雨に小田のさ苗やいかならむ
あぜのうき土あらひこされて
〇三二六:
さみだれの頃にしなれば荒小田に
人にまかせぬ水たたひけり
〇三二七:ある所にて五月雨の歌十五首よみ侍りし、人にかはりて
さみだれにほすひまなくてもしほぐさ
烟もたてぬ浦の海士人
〇三二八:
五月雨はいささ小川の橋もなし
いづくともなくみをに流れて
〇三二九:
水無瀬河をちのかよひぢ水みちて
船わたりする五月雨の頃
〇三三〇:
ひろせ河わたりの沖のみをつくし
みかさそふらし五月雨のころ
〇三三一:
はやせ川綱手のきしを沖に見て
のぼりわづらふさみだれの頃
〇三三二:
水わくる難波ほり江のなかりせば
いかにかせまし五月雨のころ
〇三三三:
舟とめしみなとのあし間さを
たえて心ゆくみむ五月雨のころ
〇三三四:
みな底にしかれにけりなさみだれて
水の眞菰をかりにきたれば
〇三三五:
五月雨のをやむ晴間のなからめや
水のかさほせまこもかり舟
〇三三六:
さみだれに佐野の舟橋うきぬれば
のりてぞ人はさしわたるらむ
〇三三七:
五月雨の晴れぬ日數のふるままに
沼の眞菰はみがくれにけり
〇三三八:
水なしと聞きてふりにしかつまたの
池あらたむる五月雨の頃
〇三三九:
五月雨は行くべき道のあてもなし
を笹が原もうきに流れて
〇三四〇:
さみだれは山田のあぜの瀧枕
かずをかさねておつるなりけり
〇三四一:
河わだのよどみにとまる流木の
うき橋わたす五月雨のころ
〇三四二:
おもはずもあなづりにくき小川かな
五月の雨に水まさりつつ
〇三四三:深山水鷄
杣人の暮にやどかる心地して
いほりをたたく水鷄なりけり
〇三四四:題しらず
夏の夜はしのの小竹のふし近み
そよや程なく明くるなりけり
〇三四五:夏の月の歌よみけるに
なつの夜も小笹が原に霜ぞおく
月の光のさえしわたれば
〇三四六:
山川の岩にせかれてちる波を
あられとぞみる夏の夜の月
〇三四七:雨後夏月
夕立のはるれば月ぞやどりける
玉ゆりすうる蓮のうき葉に
〇三四八:海邊夏月
露のぼる蘆の若葉に月さえて
秋をあらそふ難波江の浦
〇三四九:池上夏月といふことを
かげさえて月しも殊にすみぬれば
夏の池にもつららゐにけり
〇三五〇:泉にむかひて月をみるといふことを
むすびあぐる泉にすめる月かげは
手にもとられぬ鏡なりけり
〇三五一:
むすぶ手に涼しきかげをそふるかな
清水にやどる夏の夜の月
〇三五二:撫子
かき分けて折れば露こそこぼれけれ
淺茅にまじる撫子の花
〇三五三:雨中撫子といふことを
露おもみそのの撫子いかならむ
荒らく見えつる夕立のそら
〇三五四:撫子のませに、瓜のつるのはひかかりたりけるに、小さき瓜どものなりたりけるを見て、人の歌よめと申せば
撫子のませにぞはへるあこだ瓜
おなじつらなる名を慕ひつつ
〇三五五:照射
ともしするほぐしの松もかへなくに
しかめあはせで明す夏の夜
〇三五六:夏野の草をよみける
みまくさに原の小薄しがふとて
ふしどあせぬとしか思ふらむ
〇三五七:旅行草深といふことを
たび人の分くる夏野の草しげみ
葉末にすげの小笠はづれて
〇三五八:行旅夏といふことを
雲雀あがるおほ野の茅原夏くれば
凉む木かげをねがひてぞ行く
〇三五九:題しらず
くれなゐの色なりながら蓼の穗の
からしや人のめにもたてぬは
〇三六〇:
蓬生のさることなれや庭の面に
からすあふぎのなぞしげるらむ
〇三六一:
山がつの折かけ垣のひまこえて
となりにも咲く夕がほの花
〇三六二:
あさでほす賤がはつ木をたよりにて
まとはれて咲く夕がほの花
〇三六三:
夏の夜の月みることやなかるらむ
かやり火たつる賤の伏屋は
〇三六四:蓮池にみてりといふことを
おのづから月やどるべきひまもなく
池に蓮の花咲きにけり
〇三六五:となりの泉
風をのみ花なきやどは待ち待ちて
泉のすゑを又むすぶかな
〇三六六:
題しらず
君がすむきしの岩より出づる水の
絶えぬ末をぞ人も汲みける
〇三六七:水邊納凉といふことを、北白河にてよみける
水の音にあつさ忘るるまとゐかな
梢のせみの聲もまぎれて
〇三六八:木陰納凉といふことを人々よみけるに
けふもまた松の風ふく岡へゆかむ
昨日すずみし友にあふやと
〇三六九:題不知
夏山の夕下風のすずしさに
ならの木かげのたたまうきかな
〇三七〇:
道の邊の清水ながるる柳蔭
しばしとてこそ立ちとまりつれ
〇三七一:
よられつる野もせの草のかげろひて
凉しくくもる夕立の空
〇三七二:
なみたてる川原柳の青みどり
凉しくわたる岸の夕風
〇三七三:
柳はら河風ふかぬかげならば
あつくやせみの聲にならまし
〇三七四:
ひさぎ生ひて凉めとなれるかげなれや
波打つ岸に風わたりつつ
〇三七五:凉風如秋
まだきより身にしむ風のけしきかな
秋さきだつるみ山ベの里
〇三七六:松風如秋といふことを、北白河なる所にて人々よみて、また水聲秋ありといふことをかさねけるに
松風の音のみなにか石ばしる
水にも秋はありけるものを
〇三七七:山家待秋といふことを
山里はそとものまくず葉をしげみ
うら吹きかへす秋を待つかな
〇三七八:題しらず
荒にける澤田のあぜにくらら生ひて
秋待つべくもなきわたりかな
〇三七九:
つたひくるかけひを絶ずまかすれば
山田は水も思はざりけり
〇三八〇:六月祓
みそぎしてぬさとりながす河の瀬に
やがて秋めく風ぞ凉しき
【 秋 歌 】
〇三八一:山里のはじめの秋といふことを
さまざまのあはれをこめて梢ふく
風に秋しるみ山べのさと
〇三八二:山居のはじめの秋といふことを
秋たつと人は告げねど知られけり
山のすそ野の風のけしきに
〇三八三:初秋の頃、なるをと申す所にて、松風の音を聞きて
つねよりも秋になるをの松風は
わきて身にしむ心地こそすれ
〇三八四:題しらず
すがるふすこぐれが下の葛まきを
吹きうらがへす秋の初風
〇三八五:
おしなべてものを思はぬ人にさへ
心をつくる秋のはつ風
〇三八六:ときはの里にて初秋月といふことを人々よみけるに
秋立つと思ふに空もただならで
われて光を分けむ三日月
〇三八七:七夕
いそぎ起きて庭の小草の露ふまむ
やさしき數に人や思ふと
〇三八八:
暮れぬめり今日まちつけて棚機は
嬉しきにもや露こぼるらむ
〇三八九:
天の河けふの七日は長き世の
ためしにもひくいみもしつべし
〇三九〇:
ふねよする天の川べの夕ぐれは
凉しき風や吹きわたるらむ
〇三九一:
待ちつけて嬉しかるらむたなばたの
心のうちぞ空に知らるる
〇三九二:
棚機のながき思ひもくるしきに
この瀬をかぎれ天の川なみ
〇三九三:蜘蛛のいかきたるを見て
ささがにのくもでにかけて引く糸や
けふ棚機にかささぎの橋
〇三九四:秋の歌に露をよむとて
おほかたの露には何のなるならむ
袂におくは涙なりけり
〇三九五:題しらず
いそのかみ古きすみかへ分け入れば
庭のあさぢに露ぞこぼるる
〇三九六:
小笹原葉ずゑの露の玉に似て
はしなき山を行く心地する
〇三九七:萩
思ふにも過ぎてあはれにきこゆるは
萩の葉みだる秋の夕風
〇三九八:萩の風露をはらふ
をじか伏す萩咲く野邊の夕露を
しばしもためぬ萩の上風
〇三九九:隣の夕べの萩の風
あたりまであはれ知れともいひがほに
萩の音する秋の夕風
〇四:題らしず
おしなべて木草の末の原までも
なびきて秋のあはれ見えける
〇四〇一:野萩似錦といふことを
今日ぞ知るその江にあらふ唐錦
萩さく野邊にありけるものを
〇四〇二:萩野にみてり
咲きそはん所の野邊にあらばやは
萩より外の花も見るべく
〇四〇三:萩野の家にみてりといふことを
分けて出づる庭しもやがて野邊なれば
萩のさかりをわが物にみる
〇四〇四:題しらず
いはれ野の萩が絶間のひまひまに
この手がしはの花咲きにけり
〇四〇五:
衣手にうつりし花の色なれや
袖ほころぶる萩が花ずり
〇四〇六:終日野の花を見るといふことを
亂れ咲く野邊の萩原分け暮れて
露にも袖を染めてけるかな
〇四〇七:秋風
あはれいかに草葉の露のこぼるらむ
秋風立ちぬ宮城野の原
〇四〇八:野徑秋風
末は吹く風は野もせにわたるとも
あらくは分けじ萩の下露
〇四〇九:女郎花
をみなへし分けつる袖と思はばや
おなじ露にもぬると知れれば
〇四一〇:
女郎花色めく野邊にふれはらふ
袂に露やこぼれかかると
〇四一一:水邊女郎花といふことを
池の面にかげをさやかにうつしもて
水かがみ見る女郎花かな
〇四一二:
たぐひなき花のすがたを女郎花
池のかがみにうつしてぞ見る
〇四一三:女郎花水に近しといふことを
をみなへし池のさ波に枝ひぢて
物思ふ袖のぬるるがほなる
〇四一四:女郎花帶露といふことを
花の枝に露のしら玉ぬきかけて
折る袖ぬらす女郎花かな
〇四一五:
折らぬより袖ぞぬれける女郎花
露むすぼれて立てるけしきに
〇四一六:草花露重
けさみれば露のすがるに折れふして
起きもあがらぬ女郎花かな
〇四一七:
大方の野邊の露にはしをるれど
我が涙なきをみなへしかな
〇四一八:草花時を得たりといふことを
糸すすきぬはれて鹿の伏す野べに
ほころびやすき藤袴かな
〇四一九:霧中草花
穗に出づるみ山が裾のむら薄
まがきにこめてかこふ秋霧
〇四二〇:行路草花
折らで行く袖にも露ぞこぼれける
萩の葉しげき野邊の細道
〇四二一:草花道をさへぎるといふことを
ゆふ露をはらへば袖に玉消えて
道分けかぬる小野の萩原
〇四二二:忍西入道、西山の麓に住みけるに、秋の花いかにおもしろからんとゆかしうと申し遣しける返亊に、いろいろの花を折りあつめて
鹿の音や心ならねばとまるらん
さらでは野邊をみな見するかな
〇四二三:かへし
鹿の立つ野邊の錦のきりはしは
殘り多かる心地こそすれ
〇四二四:草花をよみける
しげり行く芝の下草おはれ出て
招くや誰をしたふなるらむ
〇四二五:題しらず
月のためみさびすゑじと思ひしに
みどりにもしく池の浮草
〇四二六:
うつり行く色をばしらず言の葉の
名さへあだなる露草の花
〇四二七:薄路にあたりて繁しといふことを
花すすき心あてにぞ分けて行く
ほの見し道のあとしなければ
〇四二八:古籬苅萱
籬あれて薄ならねどかるかやも
繁き野邊とはなりけるものを
〇四二九:人々秋の歌十首よみけるに
玉にぬく露はこぼれてむさし野の
草の葉むすぶ秋の初風
〇四三〇:
穗に出でてしののを薄まねく野に
たはれてたてる女郎花かな
〇四三一:
花をこそ野邊のものとは見に來つれ
暮るれば虫の音をも聞きけり
〇四三二:
萩の葉を吹き過ぎて行く風の音に
心みだるる秋の夕ぐれ
〇四三三:
晴れやらぬみ山の霧の絶え絶えに
ほのかに鹿の聲きこゆなり
〇四三四:
かねてより梢の色を思ふかな
時雨はじむるみ山べの里
〇四三五:
鹿の音をかき根にこめて聞くのみか
月もすみけり秋の山里
〇四三六:
庵にもる月のかげこそさびしけれ
山田のひたの音ばかりして
〇四三七:
わづかなる庭の小草の白露を
もとめて宿る秋の夜の月
〇四三八:
何とかく心をさへはつくすらむ
我がなげきにて暮るる秋かは
〇四三九:秋の歌よみける中に
吹きわたる風も哀をひとしめて
いづくも凄き秋の夕ぐれ
〇四四〇:
おぼつかな秋はいかなる故のあれば
すずろに物の悲しかるらむ
〇四四一:
何ごとをいかに思ふとなけれども
袂かわかぬ秋の夕ぐれ
〇四四二:
なにとなくものがなしくぞ見え渡る
鳥羽田の面の秋の夕暮
〇四四三:
堪へぬ身にあはれおもふもくるしきに
秋の來ざらむ山里もがな
〇四四四:
雲かかる遠山ばたの秋されば
思ひやるだにかなしきものを
〇四四五:山里に人々まかりて秋の歌よみけるに
山里の外面の岡の高き木に
そぞろがましき秋の蝉かな
〇四四六:田家秋夕
ながむれば袖にも露ぞこぼれける
外面の小田の秋の夕暮
〇四四七:
吹き過ぐる風さへことに身にぞしむ
山田の庵の秋の夕ぐれ
〇四四八:題しらず
風の音に物思ふ我が色そめて
身にしみわたる秋の夕暮
〇四四九:野の家の秋の夜
ねざめつつ長き夜かなといはれ野に
幾秋までも我が身へぬらむ
〇四五〇:虫の歌よみ侍りけるに
夕されや玉うごく露の小ざさ生に
聲まづならす蛬かな
〇四五一:
あき風に穗ずゑ波よる苅萱の下葉に
虫の聲亂るなり
〇四五二:
蛬なくなる野邊はよそなるを
思はぬ袖に露ぞこぼるる
〇四五三:
あき風のふけ行く野邊の虫の音の
はしたなきまでぬるる袖かな
〇四五四:
虫の音をよそに思ひてあかさねば
袂も露は野邊にかはらじ
〇四五五:
野邊になく虫もや物は悲しきと
こたへましかば問ひて聞かまし
〇四五六:
あきの夜に聲も惜しまず鳴く虫を
露まどろまず聞きあかすかな
〇四五七:
秋の夜を獨や鳴きてあかさまし
ともなふ虫の聲なかりせば
〇四五八:
あきの野の尾花が袖にまねかせて
いかなる人をまつ虫の聲
〇四五九:
よもすがら袂に虫の音をかけて
はらひわづらふ袖の白露
〇四六〇:
ひとりねの寢ざめの床のさむしろに
涙催すきりぎりすかな
〇四六一:
きりぎりす夜寒になるを告げがほに
枕のもとに來つつ鳴くなり
〇四六二:
きりぎりす夜寒に秋のなるままに
よわるか聲の遠ざかり行く
〇四六三:
虫の音を弱り行くかと聞くからに
心に秋の日數をぞふる
〇四六四:
秋深みよわるは虫の聲のみか
聞く我とてもたのみやはある
〇四六五:
虫のねにさのみぬるべき袂かは
あやしや心物思ふらし
〇四六六:
物思ふねざめとぶらふきりぎりす
人よりもけに露けかるらむ
〇四六七:獨聞蟲
ひとりねの友にはならで蛬
なく音をきけば物思ひそふ
〇四六八:深夜聞蛬
我が世とやふけ行く月を思ふらむ
聲もやすめぬ蛬かな
〇四六九:故郷虫
草ふかみ分け入りて訪ふ人もあれや
ふり行く宿の鈴むしの聲
〇四七〇:雨中虫
かべに生ふる小草にわぶる蛬
しぐるる庭の露いとふらし
〇四七一:田家に虫を聞く
こ萩咲く山田のくろの虫の音に
庵もる人や袖ぬらすらむ
〇四七二:夕の道の虫といふことを
うち具する人なき道の夕されば
聲立ておくるくつわ虫かな
〇四七三:もの心ぼそう哀なる折しも、庵の枕ちかう虫の音きこえければ
その折の蓬がもとの枕にも
かくこそ虫の音にはむつれめ
〇四七四:年ごろ申されたる人の、伏見に住むと聞きて尋ねまかりたりけるに、庭の道も見えず繁りて虫なきければ
分けて入る袖にあはれをかけよとて
露けき庭に虫さへぞ鳴く
〇四七五:秋の末に松虫の鳴くを聞きて
さらぬだに聲よわりにし松虫の
秋のすゑには聞きもわかれず
〇四七六:
限あればかれ行く野邊はいかがせむ
虫の音のこせ秋の山ざと
〇四七七:十月初つかた山里にまかりたりけるに、蛬の聲のわづかにしければよみける
霜うずむ葎が下のきりぎりす
あるかなきかに聲きこゆなり
〇四七八:朝に初雁を聞く
よこ雲の風にわかるる東明に
山とびこゆる初雁のこゑ
〇四七九:船中初雁
沖かけて八重の潮路を行く船は
ほのかにぞ聞く初雁のこゑ
〇四八〇:夜に入りて雁をきく
からす羽にかく玉づさのここちして
雁なき渡る夕やみの空
〇四八一:雁聲遠を
白雲を翅にかけて行く雁の
門田のおもの友したふなり
〇四八二:霧中雁
玉づさのつづきは見えで雁がねの
聲こそ霧にけたれざりけれ
〇四八三:霧上雁
空色のこなたをうらに立つ霧の
おもてに雁のかくる玉章
〇四八四:題しらず
つらなりて風に亂れて鳴く雁の
しどろに聲のきこゆなるかな
〇四八五:秋ものへまかりける道にて
心なき身にもあはれは知られけり
鴫たつ澤の秋の夕ぐれ
〇四八六:曉の鹿
夜を殘す寢ざめに聞くぞあはれなる
夢野の鹿もかくや鳴きけむ
〇四八七:夕暮に鹿をきく
篠原や霧にまがひて鳴く鹿の
聲かすかなる秋の夕ぐれ
〇四八八:田の庵の鹿
小山田の庵近く鳴く鹿の
音におどろかされておどろかすかな
〇四八九:幽居に鹿をきく
隣ゐぬ畑の假屋に明かす夜は
しか哀なるものにぞありける
〇四九〇:人を尋ねて小野にまかりけるに、鹿の鳴きければ
鹿の音を聞くにつけても住む人の
心しらるる小野の山里
〇四九一:小倉の麓に住み侍りけるに、鹿の鳴きけるを聞きて
をじか鳴く小倉の山の裾ちかみ
ただひとりすむ我が心かな
〇四九二:鹿
しだり咲く萩のふる枝に風かけて
すがひすがひにを鹿なくなり
〇四九三:
萩が枝の露ためず吹く秋風に
をじか鳴くなり宮城野の原
〇四九四:
よもすがら妻こひかねて鳴く鹿の
涙や野邊のつゆとなるらむ
〇四九五:
さらぬだに秋は物のみかなしきを
涙もよほすさをしかの聲
〇四九六:
山おろしに鹿の音たぐふ夕暮を
物がなしとはいふにやあるらむ
〇四九七:
しかもわぶ空のけしきもしぐるめり
悲しかれともなれる秋かな
〇四九八:
何となく住ままほしくぞおもほゆる
鹿のね絶えぬ秋の山里
〇四九九:霧
鶉《うずら》なく折にしなれば霧こめて
あはれさびしき深草の里
〇五:霧行客をへだつ
名殘多みむつごとつきで歸り行く
人をば霧も立ちへだてけり
〇五〇一:山家霧
立ちこむる霧の下にも埋もれて
心はれせぬみ山べの里
〇五〇二:
夜をこめて竹のあみ戸に立つ霧の
晴ればやがてや明けむとすらむ
〇五〇三:題しらず
晴れがたき山路の雲に埋もれて
苔の袂は霧くちにけり
〇五〇四:寂然高野にまうでて、立ち歸りて大原より遣しける
へだて來しその年月もあるものを
名殘多かる嶺の朝霧
〇五〇五:かへし
したはれし名殘をこそはながめつれ
立ち歸りにし嶺の朝ぎり
〇五〇六:下野武藏のさかひ川に、舟わたりをしけるに、霧深かりければ
霧ふかき古河のわたりのわたし守
岸の船つき思ひさだめよ
〇五〇七:松の絶間よりわづかに月のかげろひて見えけるを見て
かげうすみ松の絶間をもり來つつ
心ぼそくや三日月の空
〇五〇八:入日影かくれけるままに、月の窓にさし入りければ
さしきつる窓の入日をあらためて
光をかふる夕月夜かな
〇五〇九:久しく月を待つといふことを
出でながら雲にかくるる月かげを
かさねて待つや二むらの山
〇五一〇:雲間に月を待つといふことを
秋の月いさよふ山の端のみかは
雲の絶間に待たれやはせぬ
〇五一一:閑に月を待つといふことを
月ならでさし入るかげもなきままに
暮るる嬉しき秋の山里
〇五一二:八月十五日夜
山の端を出づる宵よりしるきかな
こよひ知らする秋の夜の月
〇五一三:
かぞへねど今宵の月のけしきにて
秋の半を空に知るかな
〇五一四:
天の川名にながれたるかひありて
今宵の月はことにすみけり
〇五一五:
さやかなる影にてしるし秋の月
十夜《とよ》にあまれる五日なりけり
〇五一六:
うちつけに又こむ秋のこよひまで
月ゆゑ惜しくなる命かな
〇五一七:
秋はただこよひ一夜の名なりけり
おなじ雲井に月はすめども
〇五一八:
思ひせぬ十五の年もあるものを
こよひの月のかからましかば
〇五一九:くもれる十五夜を
月みればかげなく雲につゝまれて
今夜ならずば闇にみえまし
〇五二〇:終夜月をみる
誰きなむ月の光に誘はれて
と思ふに夜半の明けにけるかな
〇五二一:霧月を隔つといふことを
立田山月すむ嶺のかひぞなき
ふもとに霧の晴れぬかぎりは
〇五二二:名所の月といふことを
清見潟おきの岩こすしら波に
光をかはす秋の夜の月
〇五二三:
なべてなき所の名をや惜しむらむ
明石はわきて月のさやけき
〇五二四:月瀧を照らすといふことを
雲消ゆる那智の高嶺に月たけて
光をぬける瀧のしら糸
〇五二五:月池の氷に似たりといふことを
水なくて氷りぞしたるかつまたの
池あらたむる秋の夜の月
〇五二六:池上の月といふことを
みさびゐぬ池のおもての清ければ
宿れる月もめやすかりけり
〇五二七:同じこころを遍昭寺にて人々よみけるに
やどしもつ月の光の大澤は
いかにいづこもひろ澤の池
〇五二八:
池にすむ月にかかれる浮雲は
拂ひのこせるみさびなりけり
〇五二九:海邊月
清見潟月すむ夜半のうき雲は
富士の高嶺の烟なりけり
〇五三〇:海邊明月
難波がた月の光にうらさえて
波のおもてに氷をぞしく
〇五三一:遠く修行し侍りけるに、象潟と申所にて
松島や雄島の磯も何ならず
ただきさがたの秋の夜の月
〇五三二:月前草花
月の色を花にかさねて女郎花
うは裳のしたに露をかけたる
〇五三三:
宵のまの露にしをれてをみなへし
有明の月の影にたはるる
〇五三四:月前野花
花の色を影にうつせば秋の夜の
月ぞ野守のかがみなりける
〇五三五:月照野花といふことを
月なくば暮るれば宿へ歸らまし
野べには花のさかりなりとも
〇五三六:月前荻
月すむと荻植ゑざらむ宿ならば
あはれすくなき秋にやあらまし
〇五三七:月前女郎花
庭さゆる月なりけりなをみなへし
霜にあひぬる花と見たれば
〇五三八:月前薄
をしむ夜の月にならひて有明の
いらぬをまねく花薄かな
〇五三九:
花すすき月の光にまがはまし
深きますほの色にそめずば
〇五四〇:月前紅葉
木の間もる有明の月のさやけきに
紅葉をそへて詠めつるかな
〇五四一:月前鹿
たぐひなき心地こそすれ秋の夜の
月すむ嶺のさを鹿の聲
〇五四二:月前虫
月のすむ淺茅にすだくきりぎりす
露のおくにや秋を知るらむ
〇五四三:
露ながらこぼさで折らむ月影に
こ萩がえだの松虫のこゑ
〇五四四:田家月
夕露の玉しく小田の稻むしろ
かへす穗末に月ぞ宿れる
〇五四五:題しらず
わづらはで月にはよるも通ひけり
隣へつたふあぜの細道
〇五四六:松の木の間よりわづかに月のかげろひけるを見て、月をいただきて道を行くといふことを
汲みてこそ心すむらめ賤の女が
いただく水にやどる月影
〇五四七:旅宿の月を思ふといふことを
月は猶よなよな毎にやどるべし
我がむすび置く草のいほりに
〇五四八:旅宿の月といへるこころをよめる
あはれしる人見たらばと思ふかな
旅寐の床にやどる月影
〇五四九:
月やどるおなじうきねの波にしも
袖しぼるべき契ありけり
〇五五〇:
都にて月をあはれと思ひしは
數より外のすさびなりけり
〇五五一:月前に遠くのぞむといふことを
くまもなき月の光にさそはれて
幾雲井まで行く心ぞも
〇五五二:月前に友に逢ふといふことを
嬉しきは君にあふべき契ありて
月に心の誘はれにけり
〇五五三:遙かなる所にこもりて、都なりける人のもとへ、月のころ遣しける
月のみやうはの空なるかたみにて
思ひも出でば心通はむ
〇五五四:人々住吉にまゐりて月を翫びけるに
片そぎの行あはぬ間よりもる月や
さして御袖の霜におくらむ
〇五五五:
波にやどる月を汀にゆりよせて
鏡にかくるすみよしの岸
〇五五六:春日にまゐりたりけるに、常よりも月あかくあはれなりければ
ふりさけし人の心ぞ知られける
今宵三笠の山をながめて
〇五五七:月寺のほとりに明らかなり
晝とみる月にあくるを知らましや
時つく鐘の音なかりせば
〇五五八:月前に古へをおもふ
いにしへを何につけてか思ひ出でむ
月さへかはる世ならましかば
〇五五九:伊勢にて、菩提山上人、對月述懷し侍りしに
めぐりあはで雲のよそにはなりぬとも
月になり行くむつび忘るな
〇五六〇:月に寄せておもひを述べけるに
世の中のうきをも知らですむ月の
かげは我が身の心地こそすれ
〇五六一:
よの中はくもりはてぬる月なれや
さりともと見し影も待たれず
〇五六二:
いとふ世も月すむ秋になりぬれば
長らへずばと思ふなるかな
〇五六三:
さらぬだにうかれて物を思ふ身の
心をさそふ秋の夜の月
〇五六四:
捨てていにし憂世に月のすまであれな
さらば心のとまらざらまし
〇五六五:
あながちに山にのみすむ心かな
誰かは月の入るを惜しまぬ
〇五六六:月前述懷
月を見ていづれの年の秋までか
この世に我か契あるらむ
〇五六七:題しらず
こむ世にもかかる月をし見るべくは
命を惜しむ人なからまし
〇五六八:
この世にて詠めなれぬる月なれば
迷はむ闇も照らさざらめや
〇五六九:月
秋の夜の空に出づてふ名のみして
影ほのかなる夕月夜かな
〇五七〇:
天のはら月たけのぼる雲路をば
分けても風の吹きはらはなむ
〇五七一:
嬉しとや待つ人ごとに思ふらむ
山の端出づる秋の夜の月
〇五七二:
なかなかに心つくすもくるしきに
くもらば入りね秋の夜の月
〇五七三:
いかばかり嬉しからまし秋の夜の
月すむ空に雲なかりせば
〇五七四:
はりま潟灘のみ沖に漕ぎ出でて
あたり思はぬ月をながめむ
〇五七五:
月すみてなぎたる海のおもてかな
雲の波さへ立ちもかからで
〇五七六:
いさよはで出づるは月の嬉しくて
入る山の端はつらきなりけり
〇五七七:
水の面にやどる月さへ入りぬるは
浪の底にも山やあるらむ
〇五七八:
したはるる心や行くと山の端に
しばしな入りそ秋の夜の月
〇五七九:
あくるまで宵より空に雲なくて
又こそかかる月みざりけれ
〇五八〇:
淺茅はら葉ずゑの露の玉ごとに
光つらぬる秋のよの月
〇五八一:
秋の夜の月を雪かとながむれば
露も霰のここちこそすれ
〇五八二:月の歌あまたよみけるに
入りぬとや東に人はをしむらむ
都に出づる山の端の月
〇五八三:
待ち出でてくまなき宵の月みれば
雲ぞ心にまづかかりける
〇五八四:
秋風や天つ雲井をはらふらむ
更け行くままに月のさやけき
〇五八五:
いづくとてあはれならずはなけれども
荒れたる宿ぞ月は寂しき
〇五八六:
蓬分けて荒れたる宿の月見れば
むかし住みけむ人ぞこひしき
〇五八七:
身にしみてあはれ知らする風よりも
月にぞ秋の色は見えける
〇五八八:
虫の音もかれ行く野邊の草の原に
あはれをそへてすめる月影
〇五八九:
人も見ぬよしなき山の末までに
すむらむ月のかげをこそ思へ
〇五九〇:
木の間もる有明の月をながむれば
さびしさ添ふる嶺の松風
〇五九一:
いかにせむ影をば袖にやどせども
心のすめば月のくもるを
〇五九二:
悔しくもしづの伏屋とおとしめて
月のもるをも知らで過ぎける
〇五九三:
荒れわたる草のいほりにもる月を
袖にうつしてながめつるかな
〇五九四:
月を見て心うかれしいにしへの
秋にも更にめぐりあひぬる
〇五九五:
何亊もかはりのみ行く世の中に
おなじかげにてすめる月かな
〇五九六:
よもすがら月こそ袖に宿りけれ
むかしの秋を思ひ出づれば
〇五九七:
ながむれば外のかげこそゆかしけれ
變らじものを秋の夜の月
〇五九八:
ゆくへなく月に心のすみすみて
果はいかにかならむとすらむ
〇五九九:
月影のかたぶく山を眺めつつ
惜しむしるしや有明の空
〇六:
ながむるもまことしからぬ心地して
よにあまりたる月の影かな
〇六〇一:
行末の月をば知らず過ぎ來つる
秋まだかかる影はなかりき
〇六〇二:
まこととも誰か思はむひとり見て
後に今宵の月をかたらば
〇六〇三:
月のため晝と思ふがかひなきに
しばしくもりて夜を知らせよ
〇六〇四:
天の原朝日山より出づればや
月の光の晝にまがへる
〇六〇五:
有明の月のころにしなりぬれば
秋は夜ながき心地こそすれ
〇六〇六:
なかなかにときどき雲のかかるこそ
月をもてなす限なりけれ
〇六〇七:
雲はるる嵐の音は松にあれや
月もみどりの色にはえつつ
〇六〇八:
さだめなくとりや鳴くらむ秋の夜は
月の光を思ひまがへて
〇六〇九:
誰もみなことわりとこそ定むらめ
晝をあらそふ秋の夜の月
〇六一〇:
かげさえてまことに月のあかきには
心も空にうかれてぞすむ
〇六一一:
くまもなき月のおもてに飛ぶ雁の
かげを雲かと思ひけるかな
〇六一二:
ながむればいなや心の苦しきに
いたくなすみそ秋の夜の月
〇六一三:
雲もみゆ風もふくればあらくなる
のどかなりつる月の光を
〇六一四:
もろともに影を並ぶる人もあれや
月のもりくるささのいほりに
〇六一五:
なかなかにくもると見えてはるる夜の
月は光のそふ心地する
〇六一六:
浮雲の月のおもてにかかれども
はやく過ぐるは嬉しかりけり
〇六一七:
過ぎやらで月ちかく行く浮雲の
ただよふ見ればわびしかりけり
〇六一八:
いとへどもさすがに雲のうちちりて
月のあたりを離れざりけり
〇六一九:
雲はらふ嵐に月のみがかれて
光えてすむ秋の空かな
〇六二〇:
くまもなき月のひかりをながむれば
まづ姨捨の山ぞ戀しき
〇六二一:
月さゆる明石のせとに風吹けば
氷の上にたたむしら波
〇六二二:
天の原おなじ岩戸を出づれども
光ことなる秋の夜の月
〇六二三:
かぎりなく名殘をしきは秋の夜の
月にともなふあけぼのの空
〇六二四:題しらず
みをよどむ天の川岸波かけて
月をば見るやさくさみの神
〇六二五:
光をばくもらぬ月ぞみがきける
稻葉にかかるあさひこの玉
〇六二六:
あらし吹く嶺の木の間を分けきつつ
谷の清水にやどる月かげ
〇六二七:
うづらふす苅田のひつぢ思ひ出でて
ほのかにてらす三日月の影
〇六二八:
濁るべき岩井の水にあらねども
汲まばやどれる月やさわがむ
〇六二九:
ひとりすむいほりに月のさし來ずば
何か山べの友とならまし
〇六三〇:
尋ね來てこととふ人もなき宿に
木のまの月の影ぞさし入る
〇六三一:
柴の庵はすみうきこともあらましを
ともなふ月の影なかりせば
〇六三二:
かげ消えて端山の月はもりもこず
谷は梢の雪と見えつつ
〇六三三:
雲にただこよひの月をまかせてむ
厭ふとてしも晴れぬものゆゑ
〇六三四:
月をみる外もさこそは厭ふらめ
雲ただここの空にただよへ
〇六三五:
晴間なく雲こそ空にみちにけれ
月見ることは思ひたたなむ
〇六三六:
ぬるれども雨もるやどのうれしきは
入りこん月を思ふなりけり
〇六三七:
山かげにすまぬ心のいかなれや
をしまれて入る月もある世に
〇六三八:
いかにぞや殘りおほかるここちして
雲にかくるる秋の夜の月
〇六三九:
あはれ知る人見たらばとおもふかな
旅寐の袖にやどる月影
〇六四〇:
月見ばとちぎりおきてし古郷の
人もやこよひ袖ぬらすらむ
〇六四一:
月のため心やすきは雲なれや
うき世にすめる影をかくせば
〇六四二:
わび人のすむ山里のとがならむ
曇らじものを秋の夜の月
〇六四三:
うき身こそいとひながらもあはれなれ
月をながめて年をへぬれば
〇六四四:
世のうさに一かたならずうかれゆく
心さだめよ秋の夜の月
〇六四五:
古へのかたみに月ぞなれとなる
さらでのことはあるはあるかは
〇六四六:
ながめつつ月にこころぞ老いにける
今いくたびか世をもすさめむ
〇六四七:
山里をとへかし人にあはれ見せむ
露しく庭にすめる月かげ
〇六四八:
月かげのしららの濱のしろ貝は
浪も一つに見えわたるかな
〇六四九:
すつとならばうき世を厭ふしるしあらむ
我には曇れ秋の夜の月
〇六五〇:
いかにわれ清く曇らぬ身となりて
心の月の影を見るべき
〇六五一:
君もとへ我もしのばむさきだたば
月を形見におもひ出でつつ
〇六五二:
月の色に心をふかくそめましや
都を出でぬ我が身なりせば
〇六五三:
うき世とて月すまずなることもあらば
いかがはすべき天の益人
〇六五四:
來む世には心のうちにあらはさむ
あかでやみぬる月の光を
〇六五五:
ふけにける我が身の影を思ふ間に
はるかに月のかたぶきにける
〇六五六:
あらはさぬ我が心をぞうらむべき
月やはうときをばすての山
〇六五七:百首の歌の中、月十首
伊勢嶋や月の光のさひが浦は
明石には似ぬかげぞすみける
〇六五八:
いけ水に底きよくすむ月かげは
波に氷を敷きわたすかな
〇六五九:
月を見て明石の浦を出る舟は
波のよるとや思はざるらむ
〇六六〇:
はなれたるしらゝの濱の沖の石を
くだかで洗ふ月の白浪
〇六六一:
思ひとけば千里のかげも數ならず
いたらぬくまも月はあらせじ
〇六六二:
大かたの秋をば月につつませて
吹きほころばす風の音かな
〇六六三:
何亊か此世にへたる思ひ出を
問へかし人に月ををしへむ
〇六六四:
思ひしるを世には隈なきかげならず
我がめにくもる月の光は
〇六六五:
うきことも思ひとほさじおしかへし
月のすみける久方の空
〇六六六:
月の夜や友とをなりていづくにも
人しらざらむ栖をしへよ
〇六六七:八月、月の頃夜ふけて北白河へまかりける、よしある樣なる家の侍りけるに、琴の音のしければ、立ちとまりてききけり。折あはれに秋風樂と申す樂なりけり。庭を見入れければ、淺茅の露に月のやどれるけしき、あはれなり。垣にそひたる萩の風身にしむらんとおぼえて、申し入れて通りけり
秋風のことに身にしむ今宵かな
月さへすめる宿のけしきに
〇六六八:九月十三夜
こよひはと所えがほにすむ月の
光もてなす菊の白露
〇六六九:
雲消えし秋のなかばの空よりも
月は今宵ぞ名におへりける
〇六七〇:後九月、月を翫ぶといふことを
月みれば秋くははれる年はまた
あかぬ心もそふにぞありける
〇六七一:獨聞擣衣
ひとりねの夜寒になるにかさねばや
誰がためにうつ衣なるらむ
〇六七二:隔里擣衣
さよ衣いづこの里にうつならむ
遠くきこゆるつちの音かな
〇六七三:菊
いく秋に我があひぬらむ長月の
ここぬかにつむ八重の白菊
〇六七四:
秋ふかみならぶ花なき菊なれば
所を霜のおけとこそ思へ
〇六七五:月前菊
ませなくば何をしるしに思はまし
月もまがよふ白菊の花
〇六七六:京極太政大臣、中納言と申しける折、菊をおびただしきほどにしたてて、鳥羽院にまゐらせ給ひたりける、鳥羽の南殿の東おもてのつぼに、所なきほどに植ゑさせ給ひけり。公重少將、人々すすめて菊もてなさせけるに、くははるべきよしあれば
君が住むやどのつぼには菊ぞかざる
仙の宮といふべかるらむ
〇六七七:高野より出でたりけると、覺堅阿闍梨きかぬさまなりければ、菊をつかはすとて
汲みてなど心かよはばとはざらむ
出でたるものを菊の下水
〇六七八:かへし
谷ふかく住むかと思ひてとはぬ間に
恨をむすぶ菊の下水
〇六七九:題しらず
いつよはる紅葉の色は染むべきと
時雨にくもる空にとはばや
〇六八〇:紅葉未遍といふことを
いとゝ山時雨に色を染めさせて
かつがつ織れる錦なりけり
〇六八一:山家紅葉
染めてけりもみぢの色のくれなゐを
しぐると見えしみ山べの里
〇六八二:霧中紅葉
錦はる秋の梢をみせぬかな
隔つる霧のやどをつくりて
〇六八三:紅葉色深といふことを
限あればいかがは色もまさるべきを
あかずしぐるゝ小倉山かな
〇六八四:
もみぢ葉の散らで時雨の日數へば
いかばかりなる色かあらまし
〇六八五:いやしかりける家に、蔦のもみぢ面白かりけるを見て
思はずよよしある賤のすみかかな
蔦のもみぢを軒にははせて
〇六八六:寂蓮高野にまうでて、深き山の紅葉といふことをよみける
さまざまに錦ありけるみ山かな
花見し嶺を時雨そめつつ
〇六八七:題しらず
秋の色は風ぞ野もせにしきりたす
時雨は音を袂にぞきく
〇六八八:
しぐれそむる花ぞの山に秋くれて
錦の色もあらたむるかな
〇六八九:秋の末に法輪寺にこもりてよめる
大井河ゐせぎによどむ水の色に
秋ふかくなるほどぞ知らるる
〇六九〇:
をぐら山麓に秋の色はあれや
梢のにしき風にたたれて
〇六九一:
わがものと秋の梢を思ふかな
小倉の里に家ゐせしより
〇六九二:
山里は秋の末にぞ思ひしる
悲しかりけりこがらしの風
〇六九三:
暮れ果つる秋のかたみにしばし見む
紅葉散らすなこがらしの風
〇六九四:
秋暮るる月なみわかぬ山がつの
心うらやむ今日の夕暮
〇六九五:終夜秋を惜しむ
をしめども鐘の音さへかはるかな
霜にや露の結びかふらむ
〇六九六:題しらず
錦をばいくのへこゆるからびつに
收めて秋は行くにかあるらむ
〇六九七:
松にはふまさきのかづらちりぬなり
外山の秋は風すさぶらむ
〇六九八:秋の末に寂然高野にまゐりて、暮の秋によせておもひをのべけるに
なれきにし都もうとくなり果てて
悲しさ添ふる秋の暮かな
【 冬 歌 】
〇六九九:長樂寺にて、夜紅葉を思ふといふことを人々よみけるに
よもすがらをしげなく吹く嵐かな
わざと時雨の染むる紅葉を
〇七〇〇:時雨
初時雨あはれ知らせて過ぎぬなり
音に心の色をそめにし
〇七〇一:
月をまつ高嶺の雲は晴れにけり
心ありけるはつ時雨かな
〇七〇二:
立田やま時雨しぬべく曇る空に
心の色をそめはじめつる
〇七〇三:
秋しのや外山の里や時雨るらむ
生駒のたけに雲のかかれる
〇七〇四:時雨の歌よみけるに
東屋のあまりにもふる時雨かな
誰かは知らぬ神無月とは
〇七〇五:山家時雨
宿かこふははその柴の色をさへ
したひて染むる初時雨かな
〇七〇六:閑中時雨といふことを
おのづから音する人もなかりけり
山めぐりする時雨ならでは
〇七〇七:題しらず
ねざめする人の心をわびしめて
しぐるる音は悲しかりけり
〇七〇八:落葉
嵐はく庭の落葉のをしきかな
まことのちりになりぬと思へば
〇七〇九:曉落葉
時雨かとねざめの床にきこゆるは
嵐に堪へぬ木の葉なりけり
〇七一〇:月前落葉
山おろしの月に木葉を吹きかけて
光にまがふ影をみるかな
〇七一一:瀧上落葉
こがらしに峯の紅葉やたぐふらむ
村濃にみゆる瀧の白糸
〇七一二:水上落葉
立田姫染めし梢のちるをりは
くれなゐあらふ山川のみづ
〇七一三:落葉網代にとどまる
紅葉よるあじろの布の色染めて
ひをくるるとは見ゆるなりけり
〇七一四:草花野路落葉
もみぢちる野原を分けて行く人は
花ならぬまで錦きるべし
〇七一五:山家落葉
道もなし宿は木の葉に埋もれぬ
まだきせさする冬ごもりかな
〇七一六:
木葉ちれば月に心ぞあくがるる
み山がくれにすまむと思ふに
〇七一七:題しらず
神無月木葉の落つるたびごとに
心うかるるみ山べの里
〇七一八:冬の歌よみけるに
難波江の入江の蘆に霜さえて
浦風寒きあさぼらけかな
〇七一九:
玉かけし花のかつらもおとろへて
霜をいただく女郎花かな
〇七二〇:題しらず
津の國の難波の春は夢なれや
蘆の枯葉に風わたるなり
〇七二一:水邊寒草
霜にあひて色あらたむる蘆の穗の
寂しくみゆる難波江の浦
〇七二二:枯野の草をよめる
分けかねし袖に露をばとめ置きて
霜に朽ちぬる眞野の萩原
〇七二三:
霜かづく枯野の草は寂しきに
いづくは人の心とむらむ
〇七二四:
霜がれてもろくくだくる荻の葉を
荒らく吹くなる風の色かな
〇七二五:山家枯草といふ亊を、覺雅僧都の坊にて人々詠けるに
かきこめし裾野の薄霜がれて
さびしさまさる柴の庵かな
〇七二六:野の邊りの枯れたる草といふことを、双林寺にてよみけるに
さまざまに花咲きたりと見し野邊の
同じ色にも霜がれにけり
〇七二七:氷留山水
岩間せく木葉わけこし山水を
つゆ洩らさぬは氷なりけり
〇七二八:瀧上氷
水上に水や氷をむすぶらん
くるとも見えぬ瀧の白糸
〇七二九:氷筏をとづといふことを
氷わる筏のさをのたゆるれば
もちやこさましほつの山越
〇七三〇:世をのがれて鞍馬の奧に侍りけるに、かけひの氷りて水までこざりけるに、春になるまではかく侍るなりと申しけるを聞きてよめる
わりなしやこほるかけひの水ゆゑに
思ひ捨ててし春の待たるる
〇七三一:川氷
川わたにおのおのつくるふし柴を
ひとつにくさるあさ氷かな
〇七三二:千鳥
淡路がた磯わのちどり聲しげし
せとの鹽風冴えまさる夜は
〇七三三:
あはぢ潟せとの汐干の夕ぐれに
須磨よりかよふ千鳥なくなり
〇七三四:
さゆれども心やすくぞ聞きあかす
河瀬のちどり友ぐしてけり
〇七三五:
霜さえて汀ふけ行く浦風を
思ひしりげに鳴く千鳥かな
〇七三六:
やせわたる湊の風に月ふけて
汐ひる方に千鳥鳴くなり
〇七三七:題しらず
千鳥なく繪嶋の浦にすむ月を
波にうつして見る今宵かな
〇七三八:
風さむみいせの濱荻分けゆけば
衣かりがね浪に鳴くなり
〇七三九:冬月
秋すぎて庭のよもぎの末見れば
月も昔になるここちする
〇七四〇:
さびしさは秋見し空にかはりけり
枯野をてらす有明の月
〇七四一:
小倉山ふもとの里に木葉ちれば
梢にはるる月を見るかな
〇七四二:
槇の屋の時雨の音を聞く袖に
月ももり來てやどりぬるかな
〇七四三:月枯れたる草を照らす
花におく露にやどりし影よりも
枯野の月はあはれなりけり
〇七四四:
氷しく沼の蘆原かぜ冴えて
月も光ぞさびしかりける
〇七四五:靜なる夜の冬の月
霜さゆる庭の木葉をふみ分けて
月は見るやと訪ふ人もがな
〇七四六:庭上冬月といふことを
冴ゆと見えて冬深くなる月影は
水なき庭に氷をぞ敷く
〇七四七:山家冬月
冬枯のすさまじげなる山里に
月のすむこそあはれなりけれ
〇七四八:
月出づる嶺の木葉もちりはてて
麓の里は嬉しかるらむ
〇七四九:舟中霰
せと渡るたななし小舟心せよ
霰みだるるしまきよこぎる
〇七五〇:深山霰
杣人のまきのかり屋の下ぶしに
音するものは霰なりけり
〇七五一:櫻木に霰のたばしるを見て
ただは落ちで枝をつたへる霰かな
つぼめる花の散るここちして
〇七五二:題しらず
音もせで岩間たばしる霰こそ
蓬の宿の友になりけれ
〇七五三:
霰にぞものめかしくはきこえける
枯れたるならの柴の落葉は
〇七五四:冬の歌よみける中に
山ざくら初雪ふれば咲きにけり
吉野はさとに冬ごもれども
〇七五五:題しらず
山櫻おもひよそへてながむれば
木ごとの花は雪まさりけり
〇七五六:
しの原や三上の嶽を見渡せば
一夜の程に雪は降りけり
〇七五七:夜初雪
月出づる軒にもあらぬ山の端の
しらむもしるし夜はの白雪
〇七五八:庭雪似月
木の間もる月の影とも見ゆるかな
はだらにふれる庭の白雪
〇七五九:枯野に雪のふりたるを
枯れはつるかやがうは葉に降る雪は
更に尾花の心地こそすれ
〇七六〇:雪道を埋む
降る雪にしをりし柴も埋もれて
思はぬ山に冬ごもりする
〇七六一:雪埋竹といふことを
雪埋むそのの呉竹折れふして
ねぐら求むるむら雀かな
〇七六二:仁和寺の御室にて、山家閑居見雪といふことをよませ給ひけるに
降りつもる雪を友にて春までは
日を送るべきみ山べの里
〇七六三:山居雪といふことを
年の内はとふ人更にあらじかし
雪も山路も深き住家を
〇七六四:雪朝待人といふことを
わがやどに庭より外の道もがな
訪ひこむ人の跡つけで見む
〇七六五:雪朝會友といふことを
跡とむる駒の行方はさもあらばあれ
嬉しく君にゆきも逢ひぬる
〇七六六:雪の朝、靈山と申す所にて眺望を人々よみけるに
たけのぼる朝日の影のさすままに
都の雪は消えみ消えずみ
〇七六七:社頭雪
玉がきはあけも緑も埋もれて
雪おもしろき松の尾の山
〇七六八:加茂の臨時の祭かへり立の御神樂、土御門内裏にて侍りけるに、竹のつぼに雪のふりたりけるを見て
うらがへすをみの衣と見ゆるかな
竹のうら葉にふれる白雪
〇七六九:雪の歌どもよみけるに
何となくくるゝ雫の音までも
山邊は雪ぞあはれなりける
〇七七〇:
雪降れば野路も山路も埋もれて
遠近しらぬ旅のそらかな
〇七七一:
あをね山苔のむしろの上にして
雪はしとねの心地こそすれ
〇七七二:
うの花の心地こそすれ山ざとの
垣ねの柴をうづむ白雪
〇七七三:
折ならぬめぐりの垣のうの花を
うれしく雪の咲かせつるかな
〇七七四:
とへな君夕ぐれになる庭の雪を
跡なきよりはあはれならまし
〇七七五:
あらち山さかしく下る谷もなく
かじきの道をつくる白雪
〇七七六:
たゆみつつそりのはや緒もつけなくに積りにけりな越の白雪
〇七七七:
題しらず
緑なる松にかさなる白雪は柳のきぬを山におほへる
〇七七八:
盛ならぬ木もなく花の咲きにけり思へば雪をわくる山道
〇七七九:
波とみゆる雪を分けてぞこぎ渡る木曾のかけはし底もみえねば
〇七八〇:百首歌の中、雪十首
しがらきの杣のおほぢはとどめてよ
初雪降りぬむこの山人
〇七八一:
急がずば雪に我が身やとどめられて
山べの里に春をまたまし
〇七八二:
あはれしりて誰か分けこむ山里の
雪降り埋む庭の夕ぐれ
〇七八三:
みなと川苫に雪ふく友舟は
むやひつつこそ夜をあかしけれ
〇七八四:
いかだしの浪のしづむと見えつるは
雪を積みつつ下すなりけり
〇七八五:
たまりをる梢の雪の春ならば
山里いかにもてなされまし
〇七八六:
大原はせれうを雪の道にあけて
四方には人も通はざりけり
〇七八七:
晴れやらでニむら山に立つ雲は
比良のふぶきの名殘なりけり
〇七八八:
雪しのぐいほりのつまをさしそへて
跡とめてこむ人をとどめむ
〇七八九:
くやしくも雪のみ山へ分け入らで
麓にのみも年をつみける
〇七九〇:寂然入道大原に住みけるに遣しける
大原は比良の高嶺の近ければ
雪ふるほどを思ひこそやれ
〇七九一:かへし
思へただ都にてだに袖さえし
ひらの高嶺の雪のけしきは
〇七九二:秋の頃高野へまゐるべきよしたのめて、まゐらざりける人のもとへ、雪ふりてのち申し遣しける
雪深くうづめてけりな君くやと
紅葉の錦しきし山路を
〇七九三:雪に庵うづもれて、せんかたなく面白かりけり。今も來らばとよみけむことを思ひ出でて見けるほどに、鹿の分けて通りけるを見て
人こばと思ひて雪をみる程に
しか跡つくることもありけり
〇七九四:冬の歌十首よみけるに
花もかれもみぢも散らぬ山里は
さびしさを又とふ人もがな
〇七九五:
ひとりすむ片山かげの友なれや
嵐にはるる冬の夜の月
〇七九六:
津の國の芦の丸屋のさびしさは
冬こそわきて訪ふべかりけれ
〇七九七:
さゆる夜はよその空にぞをしも鳴く
こほりにけりなこやの池水
〇七九八:
よもすがら嵐の山は風さえて
大井のよどに氷をぞしく
〇七九九:
さえ渡る浦風いかに寒からむ
千鳥むれゐるゆふさきの浦
〇八:
山里は時雨しころのさびしきに
あられの音は漸まさりける
〇八〇一:
風さえてよすればやがて氷りつつ
かへる波なき志賀の唐崎
〇八〇二:
よしの山麓にふらぬ雪ならば
花かと見てや尋ね入らまし
〇八〇三:
宿ごとにさびしからじとはげむべし
煙こめたる小野の山里
〇八〇四:鷹狩
あはせたる木ゐのはし鷹をきとらし
犬かひ人の聲しきるなり
〇八〇五:雪中鷹狩
かきくらす雪にきぎすは見えねども
羽音に鈴をたぐへてぞやる
〇八〇六:
降る雪にとだちも見えず埋もれて
とり所なきみかり野の原
〇八〇七:月前炭竈といへることを
限あらむ雲こそあらめ炭がまの
烟に月のすすけぬるかな
〇八〇八:山里に冬深しといふことを
とふ人も初雪をこそ分けこしか
道とぢてけりみ山邊のさと
〇八〇九:山里の冬といふことを人々よみけるに
玉まきし垣ねのまくず霜がれて
さびしくみゆるふゆの山里
〇八一〇:冬の歌よみける中に
さびしさに堪へたる人の又もあれな
いほりならべん冬の山ざと
〇八一一:題しらず
柴かこふいほりのうちは旅だちて
すとほる風もとまらざりけり
〇八一二:
谷風は戸を吹きあけて入るものを
なにと嵐の窓たたくらむ
〇八一三:
身にしみし荻の音にはかはれども
柴吹く風もあはれなりけり
〇八一四:寒夜旅宿
旅寐する草のまくらに霜さえて
有明の月の影ぞまたるる
〇八一五:山家歳暮
あたらしき柴のあみ戸をたちかへて
年のあくるを待ちわたるかな
〇八一六:東山にて人々年の暮に思ひをのべけるに
年暮れしそのいとなみは忘られて
あらぬさまなるいそぎをぞする
〇八一七:年の暮に、あがたより都なる人のもとへ申しつかはしける
おしなべて同じ月日の過ぎ行けば
都もかくや年は暮れぬる
〇八一八:
山里に家ゐをせずば見ましやは
紅ふかき秋のこずゑを
〇八一九:歳暮に人のもとへつかはしける
おのづからいはぬをしたふ人やあると
やすらふ程に年の暮れぬる
〇八二〇:常なきことをよせて
いつかわれ昔の人といはるべき
かさなる年を送りむかへて
【 離 別 歌 】
〇八二一:あひ知りたりける人の、みちのくにへまかりけるに、別の歌よむとて
君いなば月待つとてもながめやらむ
あづまのかたの夕暮の空
〇八二二:年頃申しなれたりける人に、遠く修行するよし申してまかりたりける、名殘おほくて立ちけるに、紅葉のしたりけるを見せまほしくて侍りつるかひなく、いかに、と申しければ、木のもとに立ちよりてよみける
心をば深きもみぢの色にそめて
別れて行くやちるになるらむ
〇八二三:遠く修行に思ひ立ち侍りけるに、遠行別といふことを人々まで來てよみ侍りしに
程ふれば同じ都のうちだにも
おぼつかなさはとはまほしきに
〇八二四:年ひさしく相頼みたりける同行にはなれて、遠く修行して歸らずもやと思ひけるに、何となくあはれにてよみける
さだめなしいくとせ君になれなれて
別をけふは思ふなるらむ
〇八二五:遠く修行することありけるに、菩提院の前の齋宮にまゐりたりけるに、人々別の歌つかうまつりけるに
さりともと猶あふことを頼むかな
死出の山路をこえぬ別は
〇八二六:同じ折、つぼの櫻の散りけるを見て、かくなむおぼえ侍ると申しける
此春は君に別のをしきかな
花のゆくへは思ひわすれて
〇八二七:かへしせよと承りて、扇にかきてさし出でける
女房六角局
君がいなんかたみにすべき櫻さへ
名殘あらせず風さそふなり
【 羇 旅 歌 】
〇八二八:旅へまかりけるに入相をききて
思へただ暮れぬとききし鐘の音は
都にてだに悲しきものを
〇八二九:旅にまかりけるにとまりて
あかずのみ都にて見し影よりも
旅こそ月はあはれなりけれ
〇八三〇:
見しままにすがたも影もかはらねば
月ぞ都のかたみなりける
〇八三一:天王寺へまゐりけるに、片野など申すわたり過ぎて、見はるかされたる所の侍りけるを問ひければ、天の川と申すを聞きて、宿からむといひけむこと思ひ出だされてよみける
あくがれしあまのがはらと聞くからに
むかしの波の袖にかかれる
〇八三二:天王寺にまゐりけるに、雨のふりければ、江口と申す所に宿を借りけるに、かさざりければ
世の中をいとふまでこそかたからめ
かりのやどりを惜しむ君かな
〇八三三:かへし
家を出づる人とし聞けばかりの宿に
心とむなと思ふばかりぞ
〇八三四:天王寺へまゐりたりけるに、松に鷺の居たりけるを、月の光に見て
庭よりも鷺居る松のこずゑにぞ
雪はつもれる夏のよの月
〇八三五:天王寺へまゐりて、龜井の水を見てよめる
あさからぬ契の程ぞくまれぬる
龜井の水に影うつしつつ
〇八三六:六波羅太政入道、持經者千人あつめて、津の國わたと申す所にて供養侍りける、やがてそのついでに萬燈會しけり。夜更くるままに灯の消えけるを、おのおのともしつきけるを見て、
消えぬべき法の光のともし火を
かかぐるわたのみさきなりけり
〇八三七:明石に人を待ちて日數へにけるに
何となく都のかたと聞く空は
むつまじくてぞながめられぬる
〇八三八:播磨書寫へまゐるとて、野中の清水を見けること、一むかしになりにける、年へて後修行すとて通りけるに、同じさまにてかはらざりければ
昔見し野中の清水かはらねば
我が影をもや思ひ出づらむ
〇八三九:四國のかたへ具してまかりたりける同行の、都へ歸りけるに
かへり行く人の心を思ふにも
はなれがたきは都なりけり
〇八四〇:ひとり見おきて歸りまかりなんずるこそあはれに、いつか都へは歸るべきなど申しければ
柴の庵のしばし都へかへらじと
思はむだにもあはれなるべし
〇八四一:旅の歌よみけるに
くさまくら旅なる袖におく露を
都の人や夢にみるらむ
〇八四二:
きこえつる都へだつる山さへに
はては霞にきえにけるかな
〇八四三:
わたの原はるかに波を隔てきて
都に出でし月をみるかな
〇八四四:
わたの原波にも月はかくれけり
都の山を何いとひけむ
〇八四五:讚岐の國へまかりて、みの津と申す津につきて、月のあかくて、ひゞのてもかよ
はぬほどに遠く見えわたりけるに、水鳥のひゞのてにつきて飛びわたりけるを
しきわたす月の氷をうたがひて
ひゞのてまはる味のむら鳥
〇八四六:
いかで我心の雲にちりすべき
見るかひありて月を詠めむ
〇八四七:
詠めをりて月の影にぞ夜をば見る
すむもすまぬもさなりけりとは
〇八四八:
雲はれて身に愁なき人のみぞ
さやかに月の影はみるべき
〇八四九:
さのみやは袂に影を宿すべき
よわし心に月な眺めそ
〇八五〇:
月にはぢてさし出でられぬ心かな
詠むる袖に影のやどれば
〇八五一:
心をば見る人ごとにくるしめて
何かは月のとりどころなる
〇八五二:
露けさはうき身の袖のくせなるを
月見るとがにおほせつるかな
〇八五三:
詠めきて月いかばかりしのばれむ
此の世し雲の外になりなば
〇八五四:
いつかわれこの世の空を隔たらむ
あはれあはれと月を思ひて
〇八五五:讚岐にまうでて、松山と申す所に、院おはしましけむ御跡尋ねけれども、かたもなかりければ
松山の波に流れてこし舟の
やがてむなしくなりにけるかな
〇八五六:
まつ山の波のけしきはかはらじを
かたなく君はなりましにけり
〇八五七:白峰と申す所に、御墓の侍りけるにまゐりて
よしや君昔の玉の床とても
かゝらむ後は何にかはせむ
〇八五八:同じ國に、大師のおはしましける御あたりの山に庵むすびて住みけるに、月いとあかくて、海の方くもりなく見え侍りければ
くもりなき山にて海の月みれば
島ぞ氷の絶間なりける
〇八五九:住みけるままに、庵いとあはれに覺えて
今よりは厭はじ命あればこそ
かかるすまひのあはれをもしれ
〇八六〇:庵のまへに松のたてりけるを見て
久にへて我が後の世をとへよ
松跡したふべき人もなき身ぞ
〇八六一:
ここを又我が住みうくてうかれなば
松はひとりにならむとすらむ
〇八六二:雪のふりけるに
松の下は雪ふる折の色なれや
みな白妙に見ゆる山路に
〇八六三:
雪つみて木も分かず咲く花なればときはの松も見えぬなりけり
〇八六四:
花とみる梢の雪に月さえてたとへむ方もなき心地する
〇八六五:
まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに
雪の花には香ぞなかりける
〇八六六:
折しもあれ嬉しく雪の埋むかな
きこもりなむと思ふ山路を
〇八六七:
なかなかに谷の細道うづめ雪
ありとて人の通ふべきかは
〇八六八:
谷の庵に玉の簾をかけましや
すがるたるひの軒をとぢずば
〇八六九:花まゐらせける折しも、をしきに霰のふりかかりければ
しきみおくあかのをしきにふちなくば
何に霰の玉とまらまし
〇八七〇:大師の生れさせ給ひたる所とて、めぐりしまはして、そのしるしの松のたてりけるを見て
あはれなり同じ野山にたてる木の
かかるしるしの契ありけり
〇八七一:
岩にせくあか井の水のわりなきは
心すめともやどる月かな
〇八七二:まんだら寺の行道どころへのぼるは、よの大亊にて、手をたてたるやうなり。大師の御經かきてうづませおはしましたる山の嶺なり。ばうのそとは、一丈ばかりなるだんつきてたてられたり。それへ日毎にのぼらせおはしまして、行道しおはしましけると申し傳へたり。めぐり行道すべきやうに、だんも二重につきまはされたり。登る程のあやふさ、ことに大亊なり。かまへて、はひまはりつきて
めぐりあはむことの契ぞたのもしき
きびしき山の誓見るにも
〇八七三: やがてそれが上は、大師の御師にあひまゐらせさせおはしましたる嶺なり。わかはいしさと、その山をば申すなり。その邊の人はわかいしとぞ申しならひたる。山もじをばすてて申さず。また筆の山ともなづけたり。遠くて見れば筆に似て、まろまろと山の嶺のさきのとがりたるやうなるを申しならはしたるなめり。行道所より、かまへてかきつき登りて、嶺にまゐりたれば、師に遇はせおはしましたる所のしるしに、塔を建ておはしましたりけり。塔の石ずゑ、はかりなく大きなり。高野の大塔ばかりなりける塔の跡と見ゆ。苔は深くうづみたれども、石おほきにしてあらはに見ゆ。筆の山と申す名につきて
筆の山にかきのぼりても見つるかな
苔の下なる岩のけしきを
善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて、大師の御師かき具せられたりき。大師の御手などもおはしましき。四の門の額少々われて、大方はたがはずして侍りき。すゑにこそ、いかゞなりけんずらんと、おぼつかなくおぼえ侍りしか
〇八七四:備前國に小島と申す島に渡りたりけるに、あみと申すものをとる所は、おのおのわれわれしめて、ながきさをに袋をつけてたてわたすなり。そのさをのたてはじめをば、一のさをとぞ名付けたる。なかに年高きあま人のたて初むるなり。たつるとて申すなる詞きき侍りしこそ、涙こぼれて、申すばかりなく覺えてよみける
たて初むるあみとる浦の初さを
はつみの中にもすぐれたるかな
〇八七五:ひゝしぶかはと申す方へまかりて、四國の方へ渡らんとしけるに、風あしくて程へけり。しぶかはのうらたと申す所に、幼きものどもの、あまた物を拾ひけるを問ひければ、つみと申すもの拾ふなりと申しけるを聞きて
おりたちてうらたに拾ふ海人の子は
つみよりつみを習ふなりけり
〇八七六:まなべと申す島に、京よりあき人どものくだりて、やうやうのつみのものどもあきなひて、又しはくの島に渡りてあきなはんずるよし申しけるを聞きて
まなべよりしはくへ通ふあき人は
つみをかひにて渡るなりけり
〇八七七:串にさしたる物をあきなひけるを、何ぞと問ひければ、はまぐりを干して侍るなりと申しけるを聞きて
同じくはかきをぞさして干しもすべき
はまぐりよりは名もたよりあり
〇八七八:うしまどの迫門に、海士の出で入りて、さだえと申すものをとりて、船に入れ入れしけるを見て
さだえすむ迫門の岩つぼもとめ出て
いそぎし海人の氣色なるかな
〇八七九:沖なる岩につきて、海士どもの鮑とりける所にて
岩のねにかたおもむきに波うきて
あはびをかづく海人のむらぎみ
〇八八〇:題しらず
小鯛ひく網のかけ繩よりめぐり
うきしわざあるしほさきの浦
〇八八一:
霞しく波の初花をりかけて
さくら鯛つる沖のあま舟
〇八八二:
あま人のいそしく歸るひしきもの
は小にしはまぐりからなしただみ
〇八八三:
磯菜つまんいまおひそむるわかふのり
みるめきはさひしきこゝろぶと
〇八八四:西の國のかたへ修行してまかり侍るとて、みつのと申す所にぐしならひたる同行の侍りけるに、したしき者の例ならぬこと侍るとて具せざりければ
山城のみづのみくさにつながれて
こまものうげに見ゆるたびかな
〇八八五: 西國へ修行してまかりける折、小嶋と申す所に、八幡のいははれ給ひたりけるにこもりたりけり。年へて又その社を見けるに、松どものふる木になりたりけるを見て
昔みし松は老木になりにけり
我がとしへたる程も知られて
〇八八六: 志することありて、あきの一宮へ詣でけるに、たかとみの浦と申す所に、風に吹きとめられてほど經けり。苫ふきたる庵より月のもるを見て
波のおとを心にかけてあかすかな
苫もる月の影を友にて
〇八八七: まうでつきて、月いとあかくてあはれにおぼえければよみける
諸ともに旅なる空に月も出でて
すめばやかげの哀なるらむ
〇八八八: 筑紫に、はらかと申すいをの釣をば、十月一日におろすなり。しはすにひきあげて、京へはのぼせ侍る。その釣の繩はるかに遠く曳きわたして、通る船のその繩にあたりぬるをばかこちかかりて、がうけがましく申してむつかしく侍るなり。その心をよめる
はらか釣るおほわたさきのうけ繩に
心かけつつ過ぎむとぞ思ふ
〇八八九:
いせじまやいるゝつきてすまうなみにけことおぼゆるいりとりのあま
〇八九〇:
磯菜つみて波かけられて過ぎにける鰐の住みける大磯の根を
〇八九一:
りうもんにまゐるとて
瀬をはやみ宮瀧川を渡り行けば心の底のすむ心地する
〇八九二:
承安元年六月一日、院、熊野へ參らせ給ひけるついでに、住吉に御幸ありけり。修行しまはりて二日かの社に參りたりけるに、住の江あたらしくしたてたりけるを見て、後三條院の御幸、神も思ひ出で給ふらむと覺えてよめる
絶えたりし君が御幸を待ちつけて神いかばかり嬉しかるらむ
〇八九三: 松の下枝をあらひけむ浪、いにしへにかはらずやと覺えて
古への松のしづえをあらひけむ
波を心にかけてこそ見れ
〇八九四: 夏、熊野へまゐりけるに、岩田と申す所にすずみて、下向しける人につけて、京へ同行に侍りける上人のもとへ遣しける
松がねの岩田の岸の夕すずみ
君があれなとおもほゆるかな
〇八九五: かつらぎを尋ね侍りけるに、折にもあらぬ紅葉の見えけるを、何ぞと問ひければ、正木なりと申すを聞きて
かつらぎや正木の色は秋に似て
よその梢のみどりなるかな
〇八九六:熊野へまゐりけるに、やかみの王子の花面白かりければ、社に書きつける
待ちきつるやかみの櫻咲きにけり
あらくおろすなみすの山風
〇八九七: 奈智に籠りて、瀧に入堂し侍りけるに、此上に一二の瀧おはします。それへまゐるなりと申す住僧の侍りけるに、ぐしてまゐりけり。花や咲きぬらむと尋ねまほしかりける折ふしにて、たよりある心地して分けまゐりたり。二の瀧のもとへまゐりつきたり。如意輪の瀧となむ申すと聞きてをがみければ、まことに少しうちかたぶきたるやうに流れくだりて、尊くおぼえけり。花山院の御庵室の跡の侍りける前に、年ふりたる櫻の木の侍りけるを見て、栖とすればとよませ給ひけむこと思ひ出でられて
木のもとに住みけむ跡をみつるかな
那智の高嶺の花を尋ねて
〇八九八: 熊野へまゐりけるに、ななこしの嶺の月を見てよみける
立ちのぼる月のあたりに雲消えて
光重ぬるななこしの嶺
〇八九九: 新宮より伊勢の方へまかりけるに、みきしまに、舟のさたしける浦人の、黒き髮は一すぢもなかりけるを呼びよせて
年へたる浦のあま人こととはむ
波をかづきて幾世過ぎにき
〇九〇〇:
黒髮は過ぐると見えし白波を
かづきはてたる身には知るあま
〇九〇一:みたけよりさうの岩屋へまゐりたりけるに、もらぬ岩屋もとありけむ折おもひ出でられて
露もらぬ岩屋も袖はぬれけると
聞かずばいかにあやしからまし
〇九〇二: をざさのとまりと申す所に、露のしげかりければ
分けきつるをざさの露にそぼちつつ
ほしぞわづらふ墨染の袖
〇九〇三:大峯のしんせんと申す所にて、月を見てよみける
深き山にすみける月を見ざりせば
思ひ出もなき我が身ならまし
〇九〇四:
嶺の上も同じ月こそてらすらめ
所がらなるあはれなるべし
〇九〇五:
月すめば谷にぞ雲はしづむめる
嶺吹きはらふ風にしかれて
〇九〇六: をばすての嶺と申す所の見渡されて、思ひなしにや、月ことに見えければ
をば捨は信濃ならねどいづくにも
月すむ嶺の名にこそありけれ
〇九〇七: こいけ申す宿《すく》にて
いかにして梢のひまをもとめえて
こいけに今宵月のすむらむ
〇九〇八:さゝの宿《すく》にて
いほりさす草の枕にともなひて
ささの露にも宿る月かな
〇九〇九:へいちと申す宿《すく》にて月を見けるに、梢の露の袂にかかりければ
梢なる月もあはれを思ふべし
光に具して露のこぼるる
〇九一〇: あづまやと申す所にて、時雨ののち月を見て
神無月時雨はるれば東屋の
峰にぞ月はむねとすみける
〇九一一:
かみなづき谷にぞ雲はしぐるめる
月すむ嶺は秋にかはらで
〇九一二:ふるやと申す宿《すく》にて
神無月時雨ふるやにすむ月は
くもらぬ影もたのまれぬかな
〇九一三: 平等院の名かかれたるそとばに、紅葉の散りかかりけるを見て、花より外にとありけむ人ぞかしと、あはれに覺えてよみける
あはれとも花みし嶺に名をとめて
紅葉ぞ今日はともに散りける
〇九一四: ちくさのたけにて
分けて行く色のみならず梢さへ
ちくさのたけは心そみけり
〇九一五: ありのとわたりと申す所にて
笹ふかみきりこすくきを朝立ちて
なびきわづらふありのとわたり
〇九一六:行者がへり、ちごのとまりにつゞきたる宿《すく》なり。春の山伏は、屏風だてと申す所をたひらかに過ぎむことをかたく思ひて、行者ちごのとまりにても思ひわづらふなるべし
屏風にや心を立てて思ひけむ
行者はかへりちごはとまりぬ
〇九一七: 三重の瀧をがみけるに、ことに尊く覺えて、三業の罪もすすがるる心地してければ
身につもることばの罪もあらはれて
心すみぬるみかさねの瀧
〇九一八:轉法輪のたけと申す所にて、釋迦の説法の座の石と申す所ををがみて
此處こそは法とかれたる所よと
聞くさとりをも得つる今日かな
〇九一九:題しらず
近江路や野ぢの旅人急がなむ
やすかはらとて遠からぬかは
〇九二〇: 世をのがれて伊勢の方へまかりけるに、鈴鹿山にて
鈴鹿山うき世をよそにふりすてて
いかになり行く我身なるらむ
〇九二一: 高野山を住みうかれてのち、伊勢國二見浦の山寺に侍りけるに、太神宮の御山をば神路山と申す、大日の埀跡をおもひて、よみ侍りける
ふかく入りて神路のおくを尋ぬれば
又うへもなき峰の松かぜ
〇九二二: 伊勢にまかりたりけるに、太神宮にまゐりてよみける
榊葉に心をかけんゆふしでて
思へば神も佛なりけり
〇九二三:
宮ばしらしたつ岩ねにしきたてゝ
つゆもくもらぬ日の御影かな
〇九二四: 神路山にて
神路山月さやかなる誓ひありて
天の下をばてらすなりけり
〇九二五: 御裳濯川のほとりにて
岩戸あけしあまつみことのそのかみに
櫻を誰か植ゑ始めけむ
〇九二六:内宮のかたはらなる山陰に、庵むすびて侍りける頃
ここも又都のたつみしかぞすむ
山こそかはれ名は宇治の里
〇九二七:櫻の御まへにちりつもり、風にたはるゝを
神風に心やすくぞまかせつる
櫻の宮の花のさかりを
〇九二八:
伊勢の月よみの社に參りて、月を見てよめる
さやかなる鷲の高嶺の雲井より影やはらぐる月よみの森
〇九二九: 修行して伊勢にまかりたりけるに、月の頃都思ひ出でられてよみける
都にも旅なる月の影をこそ
おなじ雲井の空に見るらめ
〇九三〇: 伊勢のいそのへちのにしきの嶋に、いそわの紅葉のちりけるを
浪にしく紅葉の色をあらふゆゑに
錦の嶋といふにやあるらむ
〇九三一: 伊勢のたふしと申す嶋には、小石の白のかぎり侍る濱にて、黒は一つもまじらず、むかひて、すが嶋と申すは、黒かぎり侍るなり
すが島やたふしの小石《こいし》わけかへて
黒白まぜよ浦の濱風
〇九三二:
さぎじまのごいしの白をたか浪の
たふしの濱に打寄せてける
〇九三三:
からすざきの濱のこいしと思ふかな
白もまじらぬすが嶋の黒
〇九三四:
あはせばやさぎを烏と碁をうたば
たふしすがしま黒白の濱
〇九三五: 伊勢の二見の浦に、さるやうなる女《め》の童どものあつまりて、わざとのこととおぼしく、はまぐりをとりあつめけるを、いふかひなきあま人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、貝合に京よりひとの申させ給ひたれば、えりつつとるなりと申しけるに
今ぞ知るふたみの浦のはまぐりを
貝あはせとておほふなりける
〇九三六:いらごへ渡りたりけるに、ゐがひと申すはまぐりに、あこやのむねと侍るなり、それをとりたるからを、高く積みおきたりけるを見て
あこやとるゐがひのからを積み置きて
寶の跡を見するなりけり
〇九三七:沖の方より、風のあしきとて、かつをと申すいを釣りける舟どもの歸りけるを見て
いらご崎にかつをつり舟ならび浮きて
はかちの浪にうかびてぞよる
〇九三八: 二つありける鷹の、いらごわたりすると申しけるが、一つの鷹はとどまりて、木の末にかかりて侍ると申しけるを聞きて
すたか渡るいらごが崎をうたがひて
なほきにかくる山歸りかな
〇九三九:
はし鷹のすずろかさでもふるさせて
すゑたる人のありがたの世や
〇九四〇: あづまの方へ、相知りたる人のもとへまかりけるに、さやの中山見しことの、昔になりたりける、思ひ出でられて
年たけて又こゆべしと思ひきや
命なりけりさやの中山
〇九四一: 駿河の國久能の山寺にて、月を見てよみける
涙のみかきくらさるる旅なれや
さやかに見よと月はすめども
〇九四二: あづまの方へ修行し侍りけるに、富士の山を見て
風になびく富士の煙の空にきえて
行方も知らぬ我が思ひかな
〇九四三:東國修行の時、ある山寺にしばらく侍りて
山高み岩ねをしむる柴の戸に
しばしもさらば世をのがればや
〇九四四: 下野の國にて、柴の煙を見てよみける
都近き小野大原を思ひ出づる
柴の煙のあはれなるかな
〇九四五: みちのくににまかりたりけるに、野中に、常よりもとおぼしき塚の見えけるを、人に問ひければ、中將の御墓と申すはこれが亊なりと申しければ、中將とは誰がことぞと又問ひければ、實方の御ことなりと申しける、いと悲しかりけり。さらぬだにものあはれにおぼえけるに、霜がれの薄ほのぼの見え渡りて、後にかたらむも、詞なきやうにおぼえて
朽ちもせぬ其名ばかりをとどめ置きて
枯野の薄かたみにぞ見る
〇九四六: みちのくにへ修行してまかりけるに、白川の關にとまりて、所がらにや常よりも月おもしろくあはれにて、能因が、秋風ぞ吹くと申しけむ折、いつなりけむと思ひ出でられて、名殘おほくおぼえければ、關屋の柱に書き付けける
白川の關屋を月のもる影は
人のこころをとむるなりけり
〇九四七: さきにいりて、しのぶと申すわたり、あらぬ世のことにおぼえてあはれなり。都出でし日數思ひつづくれば、霞とともにと侍ることのあとたどるまで來にける、心ひとつに思ひ知られてよみける
都出でてあふ坂越えし折までは
心かすめし白川の關
〇九四八:
たけくまの松は昔になりたりけれども、跡をだにとて見にまかりてよめる
枯れにける松なき宿のたけくまはみきと云ひてもかひなからまし
〇九四九: あづまへまかりけるに、しのぶの奧にはべりける社の紅葉を
ときはなる松の緑も神さびて
紅葉ぞ秋はあけの玉垣
〇九五〇: ふりたるたな橋を、紅葉のうづみたりける、渡りにくくてやすらはれて、人に尋ねければ、おもはくの橋と申すはこれなりと申しけるを聞きて
ふままうき紅葉の錦散りしきて
人も通はぬおもはくの橋
しのぶの里より奧に、二日ばかり入りてある橋なり
〇九五一: 名取川をわたりけるに、岸の紅葉の影を見て
なとり川きしの紅葉のうつる影は
同じ錦を底にさへ敷く
〇九五二: 十月十二日、平泉にまかりつきたりけるに、雪ふり嵐はげしく、ことの外に荒れたりけり。いつしか衣川見まほしくてまかりむかひて見けり。河の岸につきて、衣川の城しまはしたる、ことがらやうかはりて、ものを見るここちしけり。汀氷りてとりわけさびしければ
とりわきて心もしみてさえぞ渡る
衣川見にきたる今日しも
〇九五三: 陸奧國にて、年の暮によめる
常よりも心ぼそくぞおもほゆる
旅の空にて年の暮れぬる
〇九五四: 奈良の僧、とがのことによりて、あまた陸奧國へ遣はされしに、中尊寺と申す所にまかりあひて、都の物語すれば、涙ながす、いとあはれなり。かかることは、かたきことなり、命あらば物がたりにもせむと申して、遠國述懷と申すことをよみ侍りしに
涙をば衣川にぞ流しつる
ふるき都をおもひ出でつつ
〇九五五: みちのくにに、平泉にむかひて、たはしねと申す山の侍るに、こと木は少なきやうに、櫻のかぎり見えて、花の咲きたるを見てよめる
聞きもせずたはしね山の櫻ばな
吉野の外にかかるべしとは
〇九五六:
奧に猶人みぬ花の散らぬあれや
尋ねを入らむ山ほととぎす
〇九五七: 又の年の三月に、出羽の國に越えて、たきの山と申す山寺に侍りける、櫻の常よりも薄紅の色こき花にて、なみたてりけるを、寺の人々も見興じければ
たぐひなき思ひいではの櫻かな
薄紅の花のにほひは
〇九五八: おなじ旅にて
風あらき柴のいほりは常よりも
寢覺ぞものはかなしかりける
〇九五九: 修行し侍るに、花おもしろかりける所にて
ながむるに花の名だての身ならずば
このもとにてや春を暮らさむ
〇九六〇: 修行して遠くまかりける折、人の思ひ隔てたるやうなる亊の侍りければ
よしさらば幾重ともなく山こえて
やがても人に隔てられなむ
〇九六一:秋、遠く修行し侍りけるほどに、ほど經ける所より、侍從大納言成道のもとへ遣しける
あらし吹く峰の木葉にともなひて
いづちうかるる心なるらむ
〇九六二:かへし
何となく落つる木葉も吹く風に
散り行くかたは知られやはせぬ
〇九六三: みやだてと申しけるはしたものの、年たかくなりて、さまかへなどして、ゆかりにつきて吉野に住み侍りけり。思ひかけぬやうなれども、供養をのべむ料にとて、くだ物を高野の御山へつかはしたりけるに、花と申すくだ物侍りけるを見て、申しつかはしける
をりびつに花のくだ物つみてけり
吉野の人のみやだてにして
〇九六四: かへし みやだて
心ざし深くはこべるみやだてを
悟りひらけむ花にたぐへて
〇九六五: 常よりも道たどらるるほどに、雪ふかかりける頃、高野へまゐると聞きて、中宮大夫のもとより、いつか都へは出づべき、かかる雪にはいかにと申したりければ、返りごとに
雪分けて深き山路にこもりなば
年かへりてや君にあふべき
〇九六六:かへし 時忠卿
分けて行く山路の雪は深くとも
とく立ち歸れ年にたぐへて
〇九六七: ことの外に荒れ寒かりける頃、宮法印高野にこもらせ給ひて、此ほどの寒さはいかがするとて、小袖はせたりける又の朝申しける
今宵こそあはれみあつき心地して
嵐の音をよそに聞きつれ
〇九六八: 宮の法印高野にこもらせ給ひて、おぼろけにては出でじと思ふに、修行せまほしきよし、語らせ給ひけり。千日果てて御嶽にまゐらせ給ひて、いひつかはしける
あくがれし心を道のしるべにて
雲にともなふ身とぞ成りぬる
〇九六九: かへし
山の端に月すむまじと知られにき
心の空になると見しより
〇九七〇: 待賢門院の中納言の局、世をそむきて小倉の麓に住み侍りける頃、まかりたりけるに、ことがらまことに優にあはれなりけり。風のけしきさへことにかなしかりければ、かきつけける
山おろす嵐の音のはげしきを
いつならひける君がすみかぞ
〇九七一: 哀なるすみかをとひにまかりたりけるに、此歌をみてかきつけける
同じ院の兵衞局
うき世をばあらしの風にさそはれて
家を出でぬる栖とぞ見る
〇九七二: 小倉をすてて高野の麓に天野と申す山に住まれけり。おなじ院の帥の局、都の外の栖とひ申さではいかがとて、分けおはしたりける、ありがたくなむ。歸るさに粉河へまゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべせよとありければ、ぐし申して粉河へまゐりたりける、かかるついでは今はあるまじきことなり、吹上みんといふこと、具せられたりける人々申し出でて、吹上へおはしけり。道より大雨風吹きて、興なくなりにけり。さりとてはとて、吹上に行きつきたりけれども、見所なきやうにて、社にこしかきすゑて、思ふにも似ざりけり。能因が苗代水にせきくだせとよみていひ傳へられたるものをと思ひて、社にかきつけける
あまくだる名を吹上の神ならば
雲晴れのきて光あらはせ
〇九七三:
苗代にせきくだされし天の川
とむるも神の心なるべし
かくかきたりければ、やがて西の風吹きかはりて、忽ちに雲はれて、うらうらと日なりにけり。末の代なれど、志いたりぬることには、しるしあらたなることを人々申しつつ、信おこして、吹上若の浦、おもふやうに見て歸られにけり。
〇九七四: 待賢門院の女房堀川の局のもとより、いひ送られける
此世にてかたらひおかむ郭公
しでの山路のしるべともなれ
〇九七五: かへし
時鳥なくなくこそは語らはめ
死出の山路に君しかからば
〇九七六: 深夜水聲といふことを、高野にて人々よみけるに
まぎれつる窓の嵐の聲とめて
ふくると告ぐる水の音かな
〇九七七: 高野の奧の院の橋の上にて、月あかかりければ、もろともに眺めあかして、その頃西住上人京へ出でにけり。その夜の月忘れがたくて、又おなじ橋の月の頃、西住上人のもとへいひ遣しける
こととなく君こひ渡る橋の上に
あらそふものは月の影のみ
〇九七八: かへし 西住上人
思ひやる心は見えで橋の上に
あらそひけりな月の影のみ
〇九七九: 入道寂然大原に住み侍りけるに、高野より遣しける
山ふかみさこそあらめときこえつつ
音あはれなる谷川の水
〇九八〇:
山ふかみまきの葉わくる月影は
はげしきもののすごきなりけり
〇九八一:
山ふかみ窓のつれづれとふものは
色づきそむるはじの立枝ぞ
〇九八二:
山ふかみ苔の莚の上にゐて
なに心なく啼くましらかな
〇九八三:
山ふかみ岩にしたたる水とめむ
かつがつ落つるとちひろふ程
〇九八四:
山ふかみけぢかき鳥のおとはせで
もの恐しきふくろふの聲
〇九八五:
山ふかみこぐらき嶺の梢より
ものものしくも渡る嵐か
〇九八六:
山ふかみほた切るなりときこえつつ
所にぎはふ斧の音かな
〇九八七:
山ふかみ入りて見と見るものは皆
あはれ催すけしきなるかな
〇九八八:
山ふかみなるるかせぎのけぢかきに
世に遠ざかる程ぞ知らるる
〇九八九: かへし 寂然
あはれさはかうやと君も思ひ知れ
秋暮れがたの大原の里
〇九九〇:
ひとりすむおぼろの清水友とては
月をぞすます大原の里
〇九九一:
炭がまのたなびくけぶりひとすぢに
心ぼそきは大原の里
〇九九二:
何となく露ぞこぼるる秋の田の
ひた引きならす大原の里
〇九九三:
水の音は枕に落つるここちして
ねざめがちなる大原の里
〇九九四:
あだにふく草のいほりのあはれより
袖に露おく大原の里
〇九九五:
山かぜに嶺のささぐりはらはらと
庭に落ちしく大原の里
〇九九六:
ますらをが爪《つま》木に通草《あけび》さし
そへて暮るれば歸る大原の里
〇九九七:
むぐらはふ門は木の葉に埋もれて
人もさしこぬ大原の里
〇九九八:
もろともに秋も山路も深ければ
しかぞかなしき大原の里
〇九九九: 高野に籠りたりける頃、草の庵に花の散りつみければ
ちる花のいほりの上を吹くならば
風入るまじくめぐりかこはむ
一〇〇〇: 高野より、京なる人のもとへいひつかはしける
住むことは所がらぞといひながらかうやは物のあはれなるべき
一〇〇一: 思はずなること思ひ立つよしきこえける人のもとへ、高野より云ひつかはしける
しをりせで猶山深く分け入らむ
うきこと聞かぬ所ありやと
一〇〇二: 高野にこもりたる人を、京より、何ごとか、又いつか出づべきと申したるよし聞きて、その人にかはりて
山水のいつ出づべしと思はねば
心細くてすむと知らずや
一〇〇三: 旅のこころを
旅ねする嶺の嵐につたひきて
あはれなりける鐘の音かな
一〇〇四: 海邊重旅宿といへることを
波ちかき磯の松がね枕にて
うらがなしきは今宵のみかは
一〇〇五: しほ湯にまかりたりけるに、具したりける人、九月晦日にさきへのぼりければ、つかはしける。人にかはりて
秋は暮れ君は都へ歸りなば
あはれなるべき旅のそらかな
一〇〇六: かへし 大宮の女房加賀
君をおきて立ち出づる空の露けさは
秋さへくるる旅の悲しさ
一〇〇七: しほ湯出でて京へ歸りまうで來て、古郷の花霜がれにける、あはれなりけり。いそぎ歸りし人のもとへ又かはりて
露おきし庭の小萩も枯れにけり
いづち都に秋とまるらむ
一〇〇八: かへし おなじ人
したふ秋は露もとまらぬ都へと
などて急ぎし舟出なるらむ
【賀歌】
一〇〇九: うまごまうけて悦びける人のもとへ、いひつかはしける
千代ふべき二葉の松のおひさきを
見る人いかに嬉しかるらむ
一〇一〇: 祝
ひまもなくふりくる雨のあしよりも
數かぎりなき君が御代かな
一〇一一:
千代ふべきものをさながらあつむとも
君が齡を知らんものかは
一〇一二:
苔うづむゆるがぬ岩の深き根は
君が千年をかためたるべし
一〇一三:
むれ立ちて雲井にたづの聲すなり
君が千年や空にみゆらむ
一〇一四:
澤べより巣立ちはじむる鶴の子は
松の枝にやうつりそむらむ
一〇一五:
大海のしほひて山になるまでに
君はかはらぬ君にましませ
一〇一六:
君が代のためしに何を思はまし
かはらぬ松の色なかりせば
一〇一七:
君が代は天つ空なる星なれや
數も知られぬここちのみして
一〇一八:
光さす三笠の山の朝日こそ
げに萬代のためしなりけれ
一〇一九:
萬代のためしにひかむ龜山の
裾野の原にしげる小松を
一〇二〇:
かずかくる波にしづ枝の色染めて
神さびまさる住の江の松
一〇二一:
若葉さす平野の松はさらにまた
枝にや千代の數をそふらむ
一〇二二:
竹の色も君が緑に染められて
幾世ともなく久しかるべし
【 戀 歌 】
一〇二三: 名を聞きて尋ぬる戀
あはざらむことをば知らず帚木の
ふせやと聞きて尋ね行くかな
一〇二四: 自門歸戀
たてそめて歸る心はにしき木の
千づか待つべき心地こそすれ
一〇二五: 涙顯戀
おぼつかないかにも人のくれは鳥
あやむるまでにぬるる袖かな
一〇二六:夢會戀
なかなかに夢に嬉しきあふことは
うつつに物をおもふなりけり
一〇二七:
あふことを夢なりけりと思ひわく
心のけさは恨めしきかな
一〇二八:
あふとみることを限りの夢路にて
さむる別のなからましかば
一〇二九:
夢とのみ思ひなさるる現こそ
あひみることのかひなかりけれ
一〇三〇:後朝
今朝よりぞ人の心はつらからで
明けはなれ行く空を恨むる
一〇三一:
あふことをしのばざりせば道芝の
露よりさきにおきてこましや
一〇三二:後朝時鳥
さらぬだに歸りやられぬしののめに
そへてかたらふ時鳥かな
一〇三三:後朝花橘
かさねてはこからまほしきうつり香を
花橘に今朝たぐへつつ
一〇三四:後朝霧
やすらはむ大かたの夜は明けぬとも
やみとかこへる霧にこもりて
一〇三五:歸るあしたの時雨
ことづけて今朝の別はやすらはむ
時雨をさへや袖にかくべき
一〇三六:逢ひてあはぬ戀
つらくともあはずば何のならひにか
身の程知らず人をうらみむ
一〇三七:
さらばたださらでぞ人のやみなまし
さて後もさはさもあらじとや
一〇三八:恨
もらさじと袖にあまるをつつままし
なさけをしのぶ涙なりせば
一〇三九:ふたたび絶ゆる戀
から衣たちはなれにしままならば
重ねて物は思はざらまし
一〇四〇:商人に書をつくる戀といふことを
思ひかね市の中には人多み
ゆかり尋ねてつくる玉章
一〇四一:海路戀
波のしくことをも何かわづらはむ
君があふべき道と思はば
一〇四二: 九月ふたつありける年、閏月を忌む戀といふことを、人々よみけるに
長月のあまりにつらき心にて
いむとは人のいふにやあるらむ
一〇四三:
御あれの頃、賀茂にまゐりたりけるに、さうじにはばかる戀といふことを、人々よみけるに
ことづくるみあれのほどをすぐしても猶やう月の心なるべき
一〇四四: 同じ社にて、神に祈る戀といふことを、神主どもよみけるに
天くだる神のしるしのありなしを
つれなき人の行方にてみむ
一〇四五:賀茂のかたに、ささきと申す里に冬深く侍りけるに、人々まうで來て、山里の戀といふことを
かけひにも君がつららや結ぶらむ
心細くもたえぬなるかな
一〇四六:寄糸戀
賤のめがすすくる糸にゆづりおきて
思ふにたがふ戀もするかな
一〇四七:寄梅戀
折らばやと何思はまし梅の花
めづらしからぬ匂ひなりせば
一〇四八:
行きずりに一枝折りし梅が香の
深くも袖にしみにけるかな
一〇四九:寄花戀
つれもなき人にみせばや櫻花
風にしたがふ心よわさを
一〇五〇:
花をみる心はよそにへだたりて
身につきたるは君がおもかげ
一〇五一:寄殘花戀
葉がくれに散りとどまれる花のみぞ
忍びし人にあふここちする
一〇五二:寄歸雁戀
つれもなく絶えにし人を雁がねの
歸る心とおもはましかば
一〇五三:寄草花戀
折りてただしをればよしや我が袖も
萩の下枝の露によそへて
一〇五四:寄鹿戀
つま戀ひて人目つつまぬ鹿の音を
うらやむ袖のみさをなるかな
一〇五五:寄苅萱戀
一方にみだるともなきわが戀や
風さだまらぬ野邊の苅萱
一〇五六:寄霧戀
夕ぎりの隔なくこそ思ひつれ
かくれて君があはぬなりけり
一〇五七:寄紅葉戀
わが涙しぐれの雨にたぐへばや
紅葉の色の袖にまがへる
一〇五八:寄落葉戀
朝ごとに聲ををさむる風の音は
よをへてかるる人の心か
一〇五九:寄氷戀
春を待つ諏訪のわたりもあるものを
いつを限にすべきつららぞ
一〇六〇:寄水鳥戀
我が袖の涙かかるとぬれであれな
うらやましきは池のをし鳥
一〇六一:月
月待つといひなされつる宵のまの
心の色の袖に見えぬる
一〇六二:
しらざりき雲井のよそに見し月の
影を袂に宿すべしとは
一〇六三:
あはれとも見る人あらば思はなむ
月のおもてにやどす心を
一〇六四:
月見ればいでやと世のみおもほえても
たりにくくもなる心かな
一〇六五:
弓はりの月にはつれてみし影の
やさしかりしはいつか忘れむ
一〇六六:
面影のわすらるまじき別かな
名殘を人の月にとどめて
一〇六七:
秋の夜の月や涙をかこつらむ
雲なき影をもてやつすとて
一〇六八:
天の原さゆるみそらは晴れながら
涙ぞ月のくまになるらむ
一〇六九:
物思ふ心のたけぞ知られぬる
夜な夜な月を眺めあかして
一〇七〇:
月を見る心のふしをとがにして
たより得がほにぬるる袖かな
一〇七一:
おもひ出づることはいつもといひながら
月にはたへぬ心なりけり
一〇七二:
あしびきの山のあなたに君すまば
入るとも月を惜しまざらまし
一〇七三:
なげけとて月やはものを思はする
かこち顏なる我が涙かな
一〇七四:
君にいかで月にあらそふ程ばかり
めぐり逢ひつつ影をならべむ
一〇七五:
白妙の衣かさぬる月影の
さゆる眞袖にかかるしら露
一〇七六:
忍びねのなみだたたふる袖のうらに
なづまず宿る秋の夜の月
一〇七七:
もの思ふ袖にも月は宿りけり
濁らですめる水ならねども
一〇七八:
こひしさを催す月の影なれば
こぼれかかりてかこつ涙か
一〇七九:
よしさらば涙の池に身をなして
心のままに月をやどさむ
一〇八〇:
うちたえてなげく涙に我が袖の
朽ちなばなにに月を宿さむ
一〇八一:
世々ふとも忘れがたみの思ひ出は
たもとに月のやどるばかりぞ
一〇八二:
涙ゆゑ隈なき月ぞくもりぬる
あまのはらはらねのみなかれて
一〇八三:
あやにくにしるくも月の宿るかな
よにまぎれてと思ふ袂に
一〇八四:
おもかげに君が姿をみつるより
俄に月のくもりぬるかな
一〇八五:
よもすがら月を見がほにもてなして
心のやみにまよふ頃かな
一〇八六:
秋の月もの思ふ人のためとてや
影に哀をそへて出づらむ
一〇八七:
隔てたる人のこころのくまにより
月をさやかに見ぬが悲しさ
一〇八八:
涙ゆゑつねはくもれる月なれば
流れぬ折ぞ晴間なりける
一〇八九:
くまもなき折しも人を思ひ出でて
心と月をやつしつるかな
一〇九〇:
もの思ふ心の隈をのごひすてて
くもらぬ月を見るよしもがな
一〇九一:
戀しさや思ひよわると眺むれば
いとど心をくだく月かな
一〇九二:
ともすれば月澄む空にあくがるる
心のはてを知るよしもがな
一〇九三:
詠むるになぐさむことはなけれども
月を友にてあかす頃かな
一〇九四:
もの思ひてながむる頃の月の色に
いかばかりなるあはれそふらむ
一〇九五:
天雲のわりなきひまをもる月の
影ばかりだにあひみてしがな
一〇九六:
秋の月しのだの森の千枝よりも
しげきなげきや隈になるらむ
一〇九七:
思ひしる人あり明のよなりせば
つきせず身をば恨みざらまし
一〇九八:戀
數ならぬ心のとがになしはてじ
知らせてこそは身をも恨みめ
一〇九九:
打向ふそのあらましの面かげを
まことになしてみるよしもがな
一一〇〇:
山がつの荒野をしめて住みそむる
かた便なる戀もするかな
一一〇一:
ときは山しひの下柴かり捨てむ
かくれて思ふかひのなきかと
一一〇二:
歎くともしらばや人のおのづから
哀と思ふこともあるべき
一一〇三:
何となくさすがにをしき命かな
ありへば人や思ひしるとて
一一〇四:
何故か今日まで物を思はまし
命にかへて逢ふせなりせば
一一〇五:
あやめつつ人知るとてもいかがせん
忍びはつべき袂ならねば
一一〇六:
涙川ふかく流るゝみをならば
あさき人目につつまざらまし
一一〇七:
しばしこそ人めづつみにせかれけれ
はては涙やなる瀧の川
一一〇八:
もの思へば袖にながるる涙川
いかなるみをに逢ふ瀬ありなむ
一一〇九:
うきたびになどなど人を思へども
叶はで年の積りぬるかな
一一一〇:
なかなかになれぬ思ひのままならば
恨ばかりや身につもらまし
一一一一:
何せんにつれなかりしを恨みけむ
あはずばかかる思ひせましや
一一一二:
むかはしは我がなげきのむくいにて
誰ゆゑ君がものをおもはむ
一一一三:
身のうさの思ひ知らるゝことわりに
おさへられぬは涙なりけり
一一一四:
日をふれば袂の雨のあしそひて
晴るべくもなき我が心かな
一一一五:
かきくらす涙の雨のあししげみ
さかりに物のなげかしきかな
一一一六:
物思へどかからぬ人もあるものを
あはれなりける身のちぎりかな
一一一七:
いはしろの松風きけば物を思ふ
人も心はむすぼほれけり
一一一八:
なほざりのなさけは人のあるものを
たゆるは常のならひなれども
一一一九:
なにとこはかずまへられぬ身の程に
人を恨むる心ありけむ
一一二〇:
うきふしをまづ思ひしる涙かな
さのみこそはと慰むれども
一一二一:
さまざまに思ひみだるる心をば
君がもとにぞつかねあつむる
一一二二:
もの思へばちぢに心ぞくだけぬる
しのだの森の枝ならねども
一一二三:
かかる身におふしたてけむたらちねの
親さへつらき戀もするかな
一一二四:
おぼつかな何のむくいのかえりきて
心せたむるあたとなるらむ
一一二五:
かきみだる心やすめのことぐさは
あはれあはれとなげくばかりぞ
一一二六:
身をしれば人のとがとは思はぬに
恨みがほにもぬるる袖かな
一一二七:
なかなかになるるつらさにくらぶれば
うとき恨はみさをなりけり
一一二八:
人はうし歎はつゆもなぐさまず
こはさはいかにすべき心ぞ
一一二九:
日にそへて恨はいとど大海の
ゆたかなりける我がなみだかな
一一三〇:
さることのあるなりけりと思ひ出でて
忍ぶ心を忍べとぞ思ふ
一一三一:
今ぞしる思ひ出でよと契りしは
忘れむとての情なりけり
一一三二:
難波潟波のみいとど數そひて
恨のひまや袖のかわかむ
一一三三:
心ざしのありてのみやは人をとふなさけはなどと思ふばかりぞ
一一三四:
なかなかに思ひしるてふ言の葉はとはぬに過ぎてうらめしきかな
一一三五:
などかわれことの外なる歎せでみさをなる身に生れざりけむ
一一三六:
汲みてしる人もあらなむおのづからほりかねの井の底の心を
一一三七:
けぶり立つ富士に思ひのあらそひてよだけき戀をするがへぞ行く
一一三八:
涙川さかまくみをの底ふかみみなぎりあへぬ我がこころかな
一一三九:
せと口に立てるうしほの大淀みよどむとしひもなき涙かな
一一四〇:
磯のまに波あらげなるをりをりは恨をかづく里のあま人
一一四一:
東路やあひの中山ほどせばみ心のおくの見えばこそあらめ
一一四二:
いつとなく思ひにもゆる我身かな淺間の煙しめる世もなく
一一四三:
播磨路や心のすまに關すゑていかで我が身の戀をとどめむ
一一四四:
あはれてふなさけに戀のなぐさまば問ふことの葉や嬉しからまし
一一四五:
物思ひはまだ夕ぐれのままなるに明けぬとつぐるには鳥の聲
一一四六:
夢をなど夜ごろたのまで過ぎきけむさらで逢ふべき君ならなくに
一一四七:
さはといひて衣かへしてうちふせどめのあはばやは夢もみるべき
一一四八:
戀ひらるるうき名を人に立てじとて忍ぶわりなき我が袂かな
一一四九:
夏草のしげりのみ行く思ひかな待たるる秋のあはれ知られて
一一五〇:
くれなゐの色に袂のしぐれつつ袖に秋あるここちこそすれ
一一五一:
あはれとてなどとふ人のなかるらむもの思ふやどの荻の上風
一一五二:
わりなしやさこそもの思ふ袖ならめ秋にあひてもおける露かな
一一五三:
いかにせんこむよのあまとなる程にみるめかたくて過ぐる恨を
一一五四:
秋ふかき野べの草葉にくらべばやもの思ふ頃の袖の白露
一一五五:
もの思ふ涙ややがてみつせ河人をしづむる淵となるらむ
一一五六:
あはれあはれ此世はよしやさもあらばあれこん世もかくや苦しかるべき
一一五七:
たのもしなよひ曉の鐘のおとにもの思ふつみも盡きざらめやは
一一五八:
今日こそはけしきを人に知られぬれさてのみやはと思ふあまりに
一一五九:
さらに又むすぼほれ行く心かなとけなばとこそ思ひしかども
一一六〇:
昔よりもの思ふ人やなからまし心にかなふ歎なりせば
一一六一:
よしさらば誰かは世にもながらへむと思ふ折にぞ人はうからぬ
一一六二:
うき身知る心にも似ぬ涙かな恨みんとしもおもはぬものを
一一六三:
今さらに何と人めをつつむらむしぼらば袖のかわくべきかは
一一六四:
あひ見ては訪はれぬうさぞ忘れぬるうれしきをのみまづ思ふまに
一一六五:
うとくなる人を何とて恨むらむ知られず知らぬ折もありしを
一一六六:
我が戀はみしまが澳にこぎ出でてなごろわづらふ海人のつり舟
一一六七:
うらみてもなぐさみてましなかなかにつらくて人のあはぬと思はば
一一六八:
はるかなる岩のはざまにひとりゐて人目つつまでもの思はばや
一一六九:
人はこで風のけしきのふけぬるにあはれに雁のおとづれて行く
一一七〇:
戀百十首
思ひあまりいひ出でてこそ池水の深き心のほどは知られめ
一一七一:
なき名こそしかまの市に立ちにけれまだあひ初めぬ戀するものを
一一七二:
つつめども涙の色にあらはれて忍ぶ思ひは袖よりぞちる
一一七三:
わりなしや我も人目をつつむまにしひてもいはぬ心づくしは
一一七四:
なかなかにしのぶけしきやしるからむかかる思ひに習なき身は
一一七五:
氣色をばあやめて人のとがむともうちまかせてはいはじとぞ思ふ
一一七六:
心にはしのぶと思ふかひもなくしるきは戀の涙なりけり
一一七七:
色に出でていつよりものは思ふぞと問ふ人あらばいかがこたへむ
一一七八:
逢ふことのなくてやみぬるものならば今みよ世にもありやはつると
一一七九:
うき身とて忍ばば戀のしのばれて人の名だてになりもこそすれ
一一八〇:
みさをなる涙なりせばから衣かけても人に知られましやは
一一八一:
歎きあまり筆のすさびにつくせども思ふばかりはかかれざりけり
一一八二:
わが歎く心のうちのくるしさを何にたとへて君に知られむ
一一八三:
今はただ忍ぶ心ぞつつまれぬなげかば人や思ひしるとて
一一八四:
心にはふかくしめども梅の花折らぬ匂ひはかひなかりけり
一一八五:
さりとよとほのかに人を見つれども覺めぬは夢の心地こそすれ
一一八六:
消えかへり暮待つ袖ぞしをれぬるおきつる人は露ならねども
一一八七:
いかにせんその五月雨のなごりよりやがてをやまぬ袖の雫を
一一八八:
さるほどの契はなににありながらゆかぬ心のくるしきやなぞ
一一八九:
今はさは覺めぬを夢になしはてて人に語らでやみねとぞ思ふ
一一九〇:
折る人の手にはたまらで梅の花誰がうつり香にならむとすらむ
一一九一:
うたたねの夢をいとひし床の上の今朝いかばかり起きうかるらむ
一一九二:
ひきかへて嬉しかるらむ心にもうかりしことを忘れざらなむ
一一九三:
棚機は逢ふをうれしと思ふらむ我は別のうき今宵かな
一一九四:
おなじくは咲き初めしよりしめおきて人にをられぬ花と思はむ
一一九五:
朝露にぬれにし袖をほす程にやがて夕だつわが涙かな
一一九六:
待ちかねて夢に見ゆやとまどろめば寢覺すすむる荻の上風
一一九七:
つつめども人しる戀や大井川ゐせぎのひまをくぐる白波
一一九八:
あふまでの命もがなと思ひしは悔しかりける我がこころかな
一一九九:
今よりはあはで物をば思ふとも後うき人に身をばまかせじ
一二:
いつかはとこたへむことのねたきかな思ひもしらず恨きかせよ
一二〇一:
袖の上の人めしられし折まではみさをなりける我が涙かな
一二〇二:
あやにくに人めもしらぬ涙かなたえぬ心にしのぶかひなく
一二〇三:
荻の音はもの思ふ我になになればこぼるる露に袖のしをるる
一二〇四:
草しげみ澤にぬはれてふす鴫のいかによそだつ人の心ぞ
一二〇五:
あはれとて人の心のなさけあれな數ならぬにはよらぬなさけを
一二〇六:
いかにせむうき名を世々にたて果てて思ひもしらぬ人の心を
一二〇七:
忘られむことをばかねて思ひにきなどおどろかす涙なるらむ
一二〇八:
とはれぬもとはぬ心のつれなさもうきはかはらぬ心地こそすれ
一二〇九:
つらからむ人ゆゑ身をば恨みじと思ひしかどもかなはざりけり
一二一〇:
今更に何かは人もとがむべきはじめてぬるる袂ならねば
一二一一:
わりなしな袖に歎きのみつままに命をのみもいとふ心は
一二一二:
色ふかき涙の河の水上は人をわすれぬ心なりけり
一二一三:
待ちかねてひとりはふせど敷妙の枕ならぶるあらましぞする
一二一四:
とへかしななさけは人の身のためをうきものとても心やはある
一二一五:
言の葉の霜がれにしに思ひにき露のなさけもかからましかば
一二一六:
夜もすがら恨を袖にたたふれば枕に波の音ぞきこゆる
一二一七:
ながらへて人のまことを見るべきに戀に命のたたむものかは
一二一八:
たのめおきし其いひごとやあだになりし波こえぬべき末の松山
一二一九:
川の瀬によに消えぬべきうたかたの命をなぞや君がたのむる
一二二〇:
かりそめにおく露とこそ思ひしかあきにあひぬる我がたもとかな
一二二一:
おのづからありへばとこそ思ひつれたのみなくなる我が命かな
一二二二:
身をもいとひ人のつらさも歎かれて思ひ數ある頃にもあるかな
一二二三:
菅の根のながく物をば思はじと手向し神に祈りしものを
一二二四:
うちとけてまどろまばやは唐衣よなよなかへすかひもあるべき
一二二五:
我つらきことをやなさむおのづから人めを思ふ心ありやと
一二二六:
こととへばもてはなれたるけしきかなうららかなれや人の心の
一二二七:
もの思ふ袖に歎のたけ見えてしのぶしらぬは涙なりけり
一二二八:
草の葉にあらぬ袂ももの思へば袖に露おく秋の夕ぐれ
一二二九:
逢ふことのなき病にて戀ひ死なばさすがに人やあはれと思はむ
一二三〇:
いかにぞやいひやりたりしかたもなく物を思ひて過ぐる頃かな
一二三一:
我ばかりもの思ふ人や又もあると唐土までも尋ねてしがな
一二三二:
君に我いかばかりなる契ありて間なくも物を思ひそめけむ
一二三三:
さらぬだにもとの思ひの絶えぬ間に歎を人のそふるなりけり
一二三四:
我のみぞ我が心をばいとほしむあはれむ人のなきにつけても
一二三五:
うらみじと思ふ我さへつらきかなとはで過ぎぬる心づよさを
一二三六:
いつとなき思ひは富士の烟にておきふす床やうき島が原
一二三七:
これもみな昔のことといひながらなど物思ふ契なりけむ
一二三八:
などか我つらき人ゆゑ物を思ふ契をしもは結び置きけむ
一二三九:
くれなゐにあらぬ袂のこき色はこがれてものを思ふ涙か
一二四〇:
せきかねてさはとて流す瀧つせにわく白玉は涙なりけり
一二四一:
なげかじとつつみし頃は涙だに打ちまかせたる心地やはせし
一二四二:
ながめこそうき身のくせとなり果てて夕暮ならぬ折もわかれぬ
一二四三:
今は我戀せん人をとぶらはむ世にうきことと思ひ知られぬ
一二四四:
思へども思ふかひこそなかりけれ思ひもしらぬ人を思へば
一二四五:
あやひねるささめのこ蓑きぬにきむ涙の雨を凌ぎがてらに
一二四六:
なぞもかくことあたらしく人のとふ我が物思はふりにしものを
一二四七:
死なばやと何思ふらむ後の世も戀はよにうきこととこそきけ
一二四八:
わりなしやいつを思ひの果にして月日を送るわが身なるらむ
一二四九:
いとほしやさらに心のをさなびてたまぎれらるる戀もするかな
一二五〇:
君したふ心のうちはちごめきて涙もろにもなる我が身かな
一二五一:
なつかしき君が心の色をいかで露もちらさで袖につつまむ
一二五二:
いくほどもながらふまじき世の中にものを思はでふるよしもがな
一二五三:
いつか我ちりつむとこを拂ひあげてこむとたのめむ人を待つべき
一二五四:
よだけだつ袖にたぐへて忍ぶかな袂の瀧におつる涙を
一二五五:
うきによりつひに朽ちぬる我が袖を心づくしに何忍びけむ
一二五六:
心からこころに物をおもはせて身をくるしむる我が身なりけり
一二五七:
ひとりきて我が身にまとふ唐衣しほしほとこそ泣きぬらさるれ
一二五八:
いひ立てて恨みばいかにつらからむ思へばうしや人のこころは
一二五九:
なげかるる心のうちのくるしさを人の知らばや君にかたらむ
一二六〇:
人しれぬ涙にむせぶ夕ぐれはひきかづきてぞうちふされける
一二六一:
思ひきやかかるこひぢに入り初めてよく方もなき歎せんとは
一二六二:
あやふさに人目ぞ常によかれける岩の角ふむほきのかけ道
一二六三:
知らざりき身にあまりたる歎して隙なく袖をしぼるべしとは
一二六四:
吹く風に露もたまらぬ葛の葉のうらがへれとは君をこそ思へ
一二六五:
我からと藻にすむ虫の名にしおへば人をば更にうらみやはする
一二六六:
むなしくてやみぬべきかな空蝉の此身からにて思ふなげきは
一二六七:
つつめども袖より外にこぼれ出でてうしろめたきは涙なりけり
一二六八:
我が涙うたがはれぬる心かな故なく袖のしぼるべきかは
一二六九:
さることのあるべきかはとしのばれて心いつまでみさをなるらむ
一二七〇:
とりのくし思ひもかけぬ露はらひあなくしたかの我が心かな
一二七一:
君にそむ心の色の深さには匂ひもさらに見えぬなりけり
一二七二:
さもこそは人め思はずなりはてめあなさまにくの袖のけしきや
一二七三:
かつすすぐ澤のこ芹のねを白み清げにものを思はするかな
一二七四:
いかさまに思ひつづけて恨みましひとへにつらき君ならなくに
一二七五:
恨みてもなぐさめてまし中々につらくて人のあはぬと思へば
一二七六:
うちたえで君にあふ人いかなれや我が身も同じ世にこそはふれ
一二七七:
とにかくにいとはまほしき世なれども君が住むにもひかれぬるかな
一二七八:
何ごとにつけてか世をば厭はましうかりし人ぞ今はうれしき
一二七九:
あふと見しその夜の夢のさめであれな長き眠りはうかるべけれど
此歌、題も、又、人にかはりたることどももありけれどかかず、此歌ども、山里なる人の、語るにしたがひてかきたるなり。されば、ひがごとどもや、昔今のこととりあつめたれば、時をりふしたがひたることどもも。
一二八〇:
陰陽頭に侍りける者に、ある所のはした者、もの申しけり。いと思ふやうにもなかりければ、六月晦日に遣しけるにかはりて
我がためにつらき心をみな月のてづからやがてはらへすてなむ
一二八一:
百首の歌の中、戀十首
ふるき妹がそのに植えたるからなづな誰なづさへとおほし立つらむ
一二八二:
紅のよそなる色は知られねばふでにこそまづ染め初めけれ
一二八三:
さまざまの歎を身にはつみ置きていつしめるべき思ひなるらむ
一二八四:
君をいかにこまかにゆへるしげめゆひ立ちもはなれずならびつつみむ
一二八五:
こひすともみさをに人にいはればや身にしたがはぬ心やはある
一二八六:
思ひ出でよみつの濱松よそだつるしかの浦波たたむ袂を
一二八七:
うとくなる人は心のかはるとも我とは人に心おかれじ
一二八八:
月をうしとながめながらも思ふかなその夜ばかりの影とやは見し
一二八九:
我はただかへさでを着むさ夜衣きてねしことを思ひ出でつつ
一二九〇:
川風にちどり鳴くらむ冬の夜は我が思にてありけるものを
雜歌
一二九一:
いにしへごろ、東山にあみだ房と申しける上人の庵室にまかりて見けるに、あはれとおぼえてよみける
柴の庵ときくはいやしき名なれども世に好もしきすまひなりけり
一二九二:
世をのがれける折、ゆかりなりける人のもとへいひ送りける
世の中をそむきはてぬと云ひおかむ思ひしるべき人はなくとも
一二九三:
題しらず
つららはふ端山は下もしげければ住む人いかにこぐらかるらむ
一二九四:
熊のすむ苔の岩山恐ろしみうべなりけりな人も通はず
一二九五:
ねわたしにしるしの竿や立ちつらむこひのまちつる越の中山
一二九六:
雲鳥やしこき山路はさておきてをくちるはらのさびしからぬか
一二九七:
まさきわる飛騨のたくみや出でぬらむ村雨過ぎぬかさどりの山
一二九八:
河合やまきのすそ山石たてる杣人いかに凉しかるらむ
一二九九:
杣くたすまくにがおくの河上にたつきうつべしこけさ浪よる
一三:
わけ入りて誰かは人の尋ぬべき岩かげ草のしげる山路を
一三〇一:
山寺の夕暮といふことを人々よみ侍りけるに
嶺おろす松のあらしの音に又ひびきをそふる入相の鐘
一三〇二:
夕暮山路
夕されやひはらの嶺を越え行けば凄くきこゆる山鳩の聲
一三〇三:
題しらず
ふる畑のそばのたつ木にをる鳩の友よぶ聲の凄き夕暮
一三〇四:
をりかくる波のたつかと見ゆるかな洲さきにきゐる鷺のむら鳥
一三〇五:
つがはねどうつれる影を友として鴦住みけりな山川の水
一三〇六:
みな鶴は澤の氷のかがみにて千歳の影をもてやなすらむ
一三〇七:
山ざとは谷のかけひのたえだえに水こひ鳥の聲きこゆなり
一三〇八:
ことりどもの歌よみける中に
聲せずと色こくなると思はまし柳の芽はむひわのむら鳥
一三〇九:
桃ぞのの花にまがへるてりうそのむれ立つ折はちるここちする
一三一〇:
ならびゐて友をはなれぬこがらめのねぐらにたのむ椎の下枝
一三一一:
屏風の繪を人々よみけるに、海のきはに幼なきいやしきもののある所を
磯菜つむあまのさをとめ心せよ沖ふく風に浪高くなる
一三一二:
おなじ繪に、苫のうちにねおどろきたる所
磯による浪に心のあらはれてねざめがちなる苫やかたかな
一三一三:
題しらず
山もなき海のおもてにたなびきて波の花にもまがふ白雲
一三一四:
ふもと行く舟人いかに寒からむくま山嶽をおろすあらしに
一三一五:
浪につきて磯わにいますあら神は鹽ふむきねを待つにやあるらむ
一三一六:
鹽風にいせの濱荻ふせばまづ穗ずゑに波のあらたむるかな
一三一七:
あら磯の波にそなれてはふ松はみさごのゐるぞ便なりける
一三一八:
浦ちかみかれたる松の梢には波の音をや風はかるらむ
一三一九:
あはぢ嶋せとのなごろは高くとも此汐わたにさし渡らばや
一三二〇:
汐路行くかこみのともろ心せよまたうづ早きせと渡るなり
一三二一:
磯にをる波のけはしく見ゆるかな沖になごろや高く行くらむ
一三二二:
とほくさすひたのおもてにひく汐はしづむ心ぞ悲しかりける
一三二三:
おぼつかないぶきおろしの風さきにあさづま舟はあひやしぬらむ
一三二四:
くれ舟よあさづまわたり今朝なせそ伊吹のたけに雪しまくなり
一三二五:
竹風驚夢
玉みがく露ぞ枕にちりかかる夢おどろかす竹のあらしに
一三二六:
山里にまかりて侍りけるに、竹の風の、荻にまがひてきこえければ
竹の音も荻吹く風のすくなきにくはえて聞けばやさしかりけり
一三二七:
世をのがれて嵯峨に住みける人のもとにまかりて、後世のことおこたらずつとむべきよし申して歸りけるに、竹の柱をたてたりけるを見て
よよふとも竹の柱の一筋にたてたるふしはかはらざらなむ
一三二八:
題しらず
身にもしみものあらげなるけしきさへあはれをせむる風の音かな
一三二九:
いかでかは音に心のすまざらむ草木もなびく嵐なりける
一三三〇:
松風はいつもときはに身にしめどわきて寂しき夕ぐれの空
一三三一:
こがらしに木葉のおつる山里は涙さへこそもろくなりけれ
一三三二:
嶺わたる嵐はげしき山ざとにそへてきこゆる瀧川の水
一三三三:
とふ人も思ひたえたる山里のさびしさなくば住みうからまし
一三三四:
曉の嵐にたぐふ鐘の音を心の底にこたえてぞきく
一三三五:
またれつる入相のかねの音すなり明日もやあらば聞かむとすらむ
一三三六:
松風の音あはれなる山里にさびしさそふる日ぐらしの聲
一三三七:
谷のまにひとりぞ松はたてりける我のみ友はなきかと思へば
一三三八:
入日さす山のあなたは知らねども心をぞかねておくり置きつる
一三三九:
何となく汲むたびにすむ心から岩井の水に影うつしつつ
一三四〇:
水の音はさびしき庵の友なれや嶺の嵐のたえまたえまに
一三四一:
八條院の宮と申しけるをり、白川殿にて蟲あはせられけるに、かはりて、蟲入れてとり出だしける物に、水に月のうつりたるよしをつくりて、その心をよみける
行末の名にや流れむ常よりも月すみわたる白川の水
一三四二:
内に貝合せむと、せさせ給ひけるに、人にかはりて
風たちて波ををさむる浦々に小貝をむれてひろふなりけり
一三四三:
難波潟しほひにむれて出でたたむしらすのさきの小貝ひろひに
一三四四:
風吹けば花咲く波のをるたびに櫻貝よるみしまえの浦
一三四五:
波あらふ衣のうらの袖貝をみぎはに風のたたみおくかな
一三四六:
なみかくる吹上の濱の簾貝風もぞおろす磯にひろはむ
一三四七:
しほそむるますをのこ貝ひろふとて色の濱とはいふにやあるらむ
一三四八:
波よする竹の泊のすずめ貝うれしき世にもあひにけるかな
一三四九:
なみよするしららの濱のからす貝ひろひやすくもおもほゆるかな
一三五〇:
かひありな君が御袖におほはれて心にあはぬことしなき世は
一三五一:
百首の歌の中、雜十首
澤の面にふせたるたづの一聲におどろかされてちどり鳴くなり
一三五二:
友になりて同じ湊を出づるふねの行方もしらず漕ぎ分れぬる
一三五三:
瀧おつる吉野の奧のみや川の昔をみけむ跡したはばや
一三五四:
我がそのの岡べに立てる一つ松をともと見つつも老にけるかな
一三五五:
さまざまのあはれありつる山里を人につたへて秋の暮れける
一三五六:
山がつの住みぬと見ゆるわたりかな冬にあせ行くしづはらの里
一三五七:
山ざとの心の夢にまどひをれば吹きしらまかす風の音かな
一三五八:
月をこそながめば心うかれ出でめやみなる空にただよふやなぞ
一三五九:
波たかき芦やの沖をかへる舟のことなくて世を過ぎんとぞ思ふ
一三六〇:
ささがにのいと世をかくて過ぎにけり人の人なる手にもかからで
一三六一:
庚申の夜くじくばりて歌よみけるに、古今後撰拾遺、これを梅さくら山吹によせたる題をとりてよみける
古今梅によす
紅の色こきむめを折る人の袖にはふかき香やとまるらむ
一三六二:
後撰櫻によす
春風の吹きおこせんに櫻花となりくるしくぬしや思はむ
一三六三:
拾遺山吹によす
山吹の花咲く井出の里こそはやしうゐたりと思はざらなむ
一三六四:
月蝕を題にて歌よみけるに
いむといひて影にあたらぬ今宵しもわれて月みる名や立ちぬらむ
一三六五:
題しらず
いたけもるあまみか時になりにけりえぞが千島を煙こめたり
一三六六:
もののふのならすすさびはおびただしあけとのしさりかもの入くび
一三六七:
むつのくのおくゆかしくぞ思ほゆるつぼのいしぶみそとの濱風
一三六八:
あさかへるかりゐうなこのむら鳥ははらのをかやに聲やしぬらむ
一三六九:
もろ聲にもりかきみかぞ聞ゆなるいひ合せてやつまをこふらむ
一三七〇:
年頃聞き渡りける人に、初めて對面申して歸る朝に
わかるともなるる思ひをかさねまし過ぎにしかたの今宵なりせば
一三七一:
同行に侍りける上人、月の頃天王寺にこもりたりと聞きて、いひ遣しける
いとどいかに西にかたぶく月影を常よりもけに君したふらむ
一三七二:
堀河局仁和寺に住み侍りけるに、まゐるべきよし申したりけれども、まぎるることありて程へにけり。月の頃まへを過ぎけるを聞きて、いひ送られける
西へ行くしるべとたのむ月かげの空だのめこそかひなかりけれ
一三七三:
かへし
さし入らで雲路をよきし月影はまたぬ心や空に見えけむ
一三七四:
ゆかりなくなりて、すみうかれにける古郷へ歸りゐける人のもとへ
すみ捨てしその古郷をあらためて昔にかへる心地もやする
一三七五:
ある人、世をのがれて北山寺にこもりゐたりと聞きて、尋ねまかりたりけるに、月あかかりければ
世をすてて谷底に住む人みよと嶺の木のまを出づる月影
一三七六:
ある宮ばらにつけて仕へ侍りける女房、世をそむきて都はなれて遠くまからむと思ひ立ちて、まゐらせけるにかはりて
くやしくもよしなく君に馴れそめていとふ都のしのばれぬべき
一三七七:
侍從大納言成道のもとへ、後の世のことおどろかし申したりける返りごとに
おどろかす君によりてぞ長き夜の久しき夢はさむべかりける
一三七八:
かへし
おどろかぬ心なりせば世の中を夢ぞとかたるかひなからまし
一三七九:
中院右大臣、出家おもひ立つよしかたり給ひけるに、月のいとあかく、よもすがらあはれにて明けにければ歸りけり。その後、その夜の名殘おほかりしよしいひ送り給ふとて
よもすがら月を詠めて契り置きし其むつごとに闇は晴れにし
一三八〇:
かへし
すむとみし心の月しあらはれば此世も闇は晴れざらめやは
一三八一:
爲なり、ときはに堂供養しけるに、世をのがれて山寺に住み侍りける親しき人々まうできたりと聞きて、いひつかはしける
いにしへにかはらぬ君が姿こそ今日はときはの形見なるらめ
一三八二:
かへし
色かへで獨のこれるときは木はいつをまつとか人の見るらむ
一三八三:
ある人さまかへて仁和寺の奧なる所に住むと聞きて、まかり尋ねければ、あからさまに京にと聞きて歸りにけり。其のち人つかはして、かくなんまゐりたりしと申したる返りごとに。
立ちよりて柴の烟のあはれさをいかが思ひし冬の山里
一三八四:
かへし
山里に心はふかくすみながら柴の烟の立ち歸りにし
一三八五:
此歌もそへられたりける
惜しからぬ身を捨てやらでふる程に長き闇にや又迷ひなむ
一三八六:
かへし
世を捨てぬ心のうちに闇こめて迷はむことは君ひとりかは
一三八七:
したしき人々あまたありければ、同じ心に誰も御覽ぜよと遣したりける返りごとに、又
なべてみな晴せぬ闇の悲しさを君しるべせよ光見ゆやと
一三八八:
又かへし
思ふともいかにしてかはしるべせむ教ふる道に入らばこそあらめ
一三八九:
後の世のこと無下に思はずしもなしと見えける人のもとへ、いひつかはしける
世の中に心あり明の人はみなかくて闇にはまよはぬものを
一三九〇:
かへし
世をそむく心ばかりは有明のつきせぬ闇は君にはるけむ
一三九一:
ある所の女房、世をのがれて西山に住むと聞きて尋ねければ、住みあらしたるさまして、人の影もせざりけり。あたりの人にかくと申し置きたりけるを聞きて、いひ送りける
しほなれし苫屋もあれてうき波に寄るかたもなきあまと知らずや
一三九二:
かへし
苫のやに波立ちよらぬけしきにてあまり住みうき程は見えけり
一三九三:
阿闍梨兼堅、世をのがれて高野に住み侍りけり。あからさまに仁和寺に出でて歸りもまゐらぬことにて、僧綱になりぬと聞きて、いひつかはしける
けさの色やわか紫に染めてける苔の袂を思ひかへして
一三九四:
新院、歌あつめさせおはしますと聞きて、ときはに、ためただが歌の侍りけるをかきあつめて參らせける、大原より見せにつかはすとて
寂超長門入道
木のもとに散る言の葉をかく程にやがても袖のそぼちぬるかな
一三九五:
かへし
年ふれど朽ちぬときはの言の葉をさぞ忍ぶらむ大原のさと
一三九六:
寂超ためただが歌に我が歌かき具し、又おとうとの寂然が歌などとり具して新院へ參らせけるを、人とり傳へ參らせけると聞きて、兄に侍りける想空がもとより
家の風つたふばかりはなけれどもなどか散らさぬなげの言の葉
一三九七:
かへし
家の風むねと吹くべきこのもとは今ちりなむと思ふ言の葉
一三九八:
新院百首の歌召しけるに、奉るとて、右大將きんよしのもとより見せに遣したりける、
返し申すとて
家の風吹きつたへけるかひありてちることの葉のめづらしきかな
一三九九:
かへし
家の風吹きつたふとも和歌の浦にかひあることの葉にてこそしれ
一四:
左京大夫俊成、歌あつめらるると聞きて、歌つかはすとて
花ならぬことの葉なれどおのづから色もやあると君拾はなむ
一四〇一:
かへし
俊成
世を捨てて入りにし道の言の葉ぞあはれも深き色は見えける
一四〇二:
此集を見て返しけるに
院少納言の局
卷ごとに玉の聲せし玉章のたぐひは又もありけるものを
一四〇三:
かへし
よしさらば光なくとも玉と云ひて言葉のちりは君みがかなむ
一四〇四:
范蠡がちやうなんの心を
すてやらで命をおふる人はみな千々のこがねをもてかへるなり
一四〇五:
世に仕うべかりける人の、こもりゐたりけるもとへ遣しける
世の中にすまぬもよしや秋の月濁れる水のたたふ盛りに
一四〇六:
人あまたして、ひとりに、かくしてあらぬさまにいひなしけることの侍りけるを聞きてよめる
一すぢにいかで杣木のそろひけむいつよりつくる心だくみに
一四〇七:
鳥羽院に、出家のいとま申すとてよめる
をしむとて惜しまれぬべきこの世かは身をすててこそ身をもたすけめ
一四〇八:
前大納言成通世をそむきぬと聞きて、遣しける
いとふべきかりのやどりは出でぬなり今はまことの道を尋ねよ
一四〇九:
前大僧正慈鎭、無動寺に住み侍りけるに、申し遣しける
いとどいかに山を出でじとおもふらむ心の月を獨すまして
一四一〇:
かへし
うき身こそなほ山陰にしづめども心にうかぶ月を見せばや
一四一一:
世の中に大亊出できて、新院あらぬさまにならせおはしまして御ぐしおろして、仁和寺の北院におはしましけるに參りて、けんげんあざり出であひたり。月あかくてよみける
かかる世に影もかはらずすむ月をみる我が身さへ恨めしきかな
一四一二:
讚岐にて、御心ひきかへて、後の世のこと御つとめひまなくせさせおはしますと聞きて、女房のもとへ申しける。此文をかきて、若人不嗔打以何修忍辱
世の中をそむく便やなからましうき折ふしに君があはずば
一四一三:
是もついでに具して參らせける
淺ましやいかなるゆゑのむくいにてかかることしもある世なるらむ
一四一四:
ながらへてつひに住むべき都かは此世はよしやとてもかくても
一四一五:
幻の夢をうつつに見る人はめもあはせでや夜をあかすらむ
一四一六:
かくて後、人のまゐりけるに
その日より落つる涙をかたみにて思ひ忘るる時の間ぞなき
一四一七:
かへし
女房
目のまへにかはりはてにし世のうきに涙を君もながしけるかな
一四一八:
松山の涙は海に深くなりてはちすの池に入れよとぞ思ふ
一四一九:
波の立つ心の水をしづめつつ咲かん蓮を今は待つかな
一四二〇:
ゆかりありける人の、新院の勘當なりけるをゆるし給ふべきよし申し入れたりける御返亊に
最上川つなでひくともいな舟のしばしがほどはいかりおろさむ
一四二一:
御返りごとたてまつりけり
つよくひく綱手と見せよもがみ川その稻舟のいかりをさめて
かく申したりければ、ゆるし給ひてけり
一四二二:
讚岐へおはしまして後、歌といふことの世にいときこえざりければ、寂然がもとへいひ遣しける
ことの葉のなさけ絶えにし折ふしにありあふ身こそかなしかりけれ
一四二三:
かへし
寂然
しきしまや絶えぬる道になくなくも君とのみこそあとを忍ばめ
一四二四:
讚岐の位におはしましけるをり、みゆきのすずのろうを聞きてよみける
ふりにける君がみゆきのすずのろうはいかなる世にも絶えずきこえむ
一四二五:
新院さぬきにおはしましけるに、便につけて女房のもとより
水莖のかき流すべきかたぞなき心のうちは汲みて知らなむ
一四二六:
かへし
程とほみ通ふ心のゆくばかり猶かきながせ水ぐきのあと
一四二七:
また女房つかはしける
いとどしくうきにつけても頼むかな契りし道のしるべたがふな
一四二八:
かかりける涙にしづむ身のうさを君ならで又誰かうかべむ
一四二九:
かへし
頼むらんしるべもいさやひとつ世の別にだにもまよふ心は
一四三〇:
伊勢より、小貝を拾ひて、箱に入れてつつみこめて、皇太后宮大夫の局へ遣すとて、か
きつけ侍りける
浦島がこは何ものと人問はばあけてかひある箱とこたへよ
一四三一:
八嶋内府、鎌倉にむかへられて、京へまた送られ給ひけり。武士の、母のことはさることにて、右衞門督のことを思ふにぞとて、泣き給ひけると聞きて
夜の鶴の都のうちを出でであれなこのおもひにはまどはざらまし
一四三二:
福原へ都うつりありときこえし頃、伊勢にて月の歌よみ侍りしに
雲の上やふるき都になりにけりすむらむ月の影はかはらで
一四三三:
ふるさとのこころを
露しげく淺茅しげれる野になりてありし都は見しここちせぬ
一四三四:
これや見し昔住みけむ跡ならむよもぎが露に月のやどれる
一四三五:
月すみし宿も昔の宿ならで我が身もあらぬ我が身なりけり
一四三六:
?大寺の左大臣の堂に立ち入りて見侍りけるに、あらぬことになりて、あはれなり。三條太政大臣歌よみてもてなしたまひしこと、ただ今とおぼえて、忍ばるる心地し侍り。堂の跡あらためられたりける、さることのありと見えて、あはれなりければ
なき人のかたみにたてし寺に入りて跡ありけりと見て歸りぬる
一四三七:
三昧堂のかたへわけ參りけるに、秋の草ふかかりけり。鈴虫の音かすかにきこえければ、あはれにて
おもひおきし淺茅が露を分け入ればただわずかなる鈴虫の聲
一四三八:
古郷の心を
野べになりてしげきあさぢを分け入れば君が住みける石ずゑの跡
一四三九:
行基菩薩の、何處にか一身をかくさむと書き給ひたること、思ひ出でられて
いかがすべき世にあらばやは世をもすててあなうの世やと更に思はむ
一四四〇:
中納言家成、渚の院したてて、ほどなくこぼたれぬと聞きて、天王寺より下向しけるついでに、西住、淨蓮など申す上人どもして見けるに、いとあはれにて、各述懷しけるに
折につけて人の心のかはりつつ世にあるかひもなぎさなりけり
一四四一:
寂蓮、人々すすめて、百首の歌よませ侍りけるに、いなびて、熊野に詣でける道にて、夢に、何亊も衰へゆけど、この道こそ、世の末にかはらぬものはあなれ、猶この歌よむべきよし、別當湛快三位、俊成に申すと見侍りて、おどろきながら此歌をいそぎよみ出だして、遣しける奧に、書き付け侍りける
末の世もこの情のみかはらずと見し夢なくばよそに聞かまし
一四四二:
述懷
何ごとにとまる心のありければ更にしも又世のいとはしき
一四四三:
心に思ひけることを
濁りたる心の水のすくなきに何かは月の影やどるべき
一四四四:
いかでわれ清く曇らぬ身となりて心の月の影をみがかむ
一四四五:
のがれなくつひに行くべき道をさは知らではいかがすぐべかりける
一四四六:
愚なる心にのみやまかすべき師となることもあるなるものを
一四四七:
野にたてる枝なき木にもおとりけり後の世しらぬ人の心は
一四四八:
五首述懷
身のうさを思ひ知らでややみなましそむく習のなき世なりせば
一四四九:
いづくにか身をかくさまし厭ひてもうき世にふかき山なかりせば
一四五〇:
身のうさの隱家にせむ山里は心ありてぞすむべかりける
一四五一:
あはれ知る涙の露ぞこぼれける草のいほりをむすぶちぎりは
一四五二:
うかれ出づる心は身にもかなはねばいかなりとてもいかにかはせむ
一四五三:
寄藤花述懷
西を待つ心に藤をかけてこそそのむらさきの雲をおもはめ
一四五四:
花橘によせて思ひをのべけるに
世のうきを昔がたりになしはてて花橘におもひ出でばや
一四五五:
題しらず
我なれや風を煩らふしの竹はおきふし物の心ぼそくて
一四五六:
風吹けばあだになり行くばせを葉のあればと身をも頼むべき世か
一四五七:
みくまのの濱ゆふ生ふる浦さびて人なみなみに年ぞかさなる
一四五八:
いづくにもすまれずばただ住まであらむ柴のいほりのしばしなる世に
一四五九:
老人述懷といふことを人々よみけるに
山深み杖にすがりて入る人の心の底のはづかしきかな
一四六〇:
題しらず
時雨かは山めぐりする心かないつまでとのみうちしをれつゝ
一四六一:
はらはらと落つる涙ぞあはれなるたまらず物のかなしかるべし
一四六二:
何となくせりと聞くこそあはれなれつみけむ人の心しられて
一四六三:
山人よ吉野の奧にしるべせよ花も尋ねむ又おもひあり
一四六四:
つゆもありかへすがへすも思ひ出でてひとりぞ見つる朝がほの花
一四六五:
ひときれは都をすてて出づれどもめぐりてはなほきそのかけ橋
一四六六:
故郷述懷といふことを、常磐の家にてためなりよみけるにまかりあひて
しげき野をいく一むらに分けなして更にむかしをしのびかへさむ
一四六七:
嵯峨に住みける頃、となりの坊に申すべきことありてまかりけるに、道もなく葎のしげりければ
立ちよりて隣とふべき垣にそひて隙なくはへる八重葎かな
一四六八:
大原に良暹がすみける所に、人々まかりて述懷の歌よみて、つま戸に書きつけける
大原やまだすみがまもならはずといひけん人を今あらせばや
一四六九:
周防内侍、我さへ軒のと書き付けける古郷にて、人々思ひをのべけるに
いにしへはついゐし宿もあるものを何をか忍ぶしるしにはせむ
一四七〇:
百首の歌の中、述懷十首一首不足
いざさらば盛おもふも程もあらじはこやが嶺の春にむつれて
一四七一:
山深く心はかねておくりてき身こそうきみを出でやらねども
一四七二:
月にいかで昔のことをかたらせて影にそひつつ立ちもはなれむ
一四七三:
うき世とし思はでも身の過ぎにける月の影にもなづさはりつつ
一四七四:
雲につきてうかれのみ行く心をば山にかけてをとめむとぞ思ふ
一四七五:
捨てて後はまぎれしかたは覺えぬを心のみをば世にあらせける
一四七六:
ちりつかでゆがめる道をなほくなして行く行く人をよにつかむとや
一四七七:
はとしまんと思ひも見えぬ世にしあれば末にさこそは大ぬさの空
一四七八:
ふりにける心こそ猶あはれなれおよばぬ身にも世を思はする
一四七九:
七月十五日月あかかりけるに、舟岡と申す所にて
いかでわれこよひの月を身にそへてしでの山路の人を照らさむ
一四八〇:
題しらず
我が宿は山のあなたにあるものを何とうき世を知らぬ心ぞ
一四八一:
くもりなきかがみの上にゐる塵を目にたてて見る世と思はばや
一四八二:
ながらへむと思ふ心ぞつゆもなきいとふにだにも足らぬうき身は
一四八三:
思ひ出づる過ぎにしかたをはづかしみあるにものうきこの世なりけり
一四八四:
捨てたれどかくれてすまぬ人になれば猶よにあるに似たるなりけり
一四八五:
世の中を捨てて捨てえぬ心地して都はなれぬ我が身なりけり
一四八六:
捨てし折の心をさらにあらためてみるよの人にわかれ果てなむ
一四八七:
思へ心人のあらばや世にもはぢむさりとてやはといさむばかりぞ
一四八八:
くれ竹のふししげからぬ世なりせばこの君はとてさし出でなまし
一四八九:
あしよしを思ひわくこそ苦しけれただあらるればあられける身を
一四九〇:
深く入るは月ゆゑとしもなきものをうき世忍ばむみよしのの山
一四九一:
さらぬだに世のはかなきを思ふ身にぬえ鳴き渡る明ぼのの空
一四九二:
鳥邊野を心のうちに分け行けばいまきの露に袖ぞそばつる
一四九三:
いつの世に長きねぶりの夢覺めておどろくことのあらむとすらむ
一四九四:
世の中を夢と見る見るはかなくも猶おどろかぬ我が心かな
一四九五:
なき人もあるを思ふに世の中はねぶりのうちの夢とこそ知れ
一四九六:
きしかたの見しよの夢にかはらねば今もうつつの心地やはする
一四九七:
こととなくけふ暮れぬめりあすも又かはらずこそはひま過ぐるかげ
一四九八:
越えぬれば又もこの世に歸りこぬ死出の山こそ悲しかりけれ
一四九九:
はかなしやあだに命の露消えて野べに我身の送りおかれむ
一五:
露の玉きゆれば又も置くものをたのみもなきは我が身なりけり
一五〇一:
あればとてたのまれぬかな明日は又きのふと今日はいはるべければ
一五〇二:
秋の色は枯野ながらもあるものを世のはかなさやあさぢふの露
一五〇三:
年月をいかで我が身に送りけむ昨日の人も今日はなき世に
一五〇四:
思ひ出でて誰かはとめて分けもこむ入る山道の露の深さを
一五〇五:
くれ竹の今いくよかはおきふしていほりの窓をあけおろすべき
一五〇六:
そのすぢに入りなば心なにしかも人目おもひて世につつむらむ
一五〇七:
泉のぬしかくれて、あとつたへたる人のもとにまかりて、泉に向ひてふるきを思ふとい
ふことを、人々よみけるに
すむ人の心くまるる泉かな昔をいかに思ひいづらむ
一五〇八:
友にあひて昔を戀ふるといふことを
今よりは昔がたりは心せむあやしきまでに袖しをれけり
一五〇九:
題しらず
軒ちかき花たちばなに袖しめて昔を忍ぶ涙つつまむ
一五一〇:
寄紅葉懷舊といふことを、法金剛院にてよみけるに
いにしへをこふる涙の色に似て袂にちるは紅葉なりけり
一五一一:
十月中の十日頃、法金剛院の紅葉見けるに、上西門院おはしますよし聞きて、待賢門院の御時おもひ出でられて、兵衞殿の局にさしおかせける
紅葉見て君がたもとやしぐるらむ昔の秋の色をしたひて
一五一二:
返し
色深き梢を見てもしぐれつつふりにしことをかけぬ日ぞなき
一五一三:
題しらず
つくづくと物を思ふにうちそへてをりあはれなる鐘のおとかな
一五一四:
なさけありし昔のみ猶しのばれてながらへまうき世にもあるかな
一五一五:
故郷の蓬は宿のなになれば荒れ行く庭にまづしげるらむ
一五一六:
ふるさとは見し世にもなくあせにけりいづち昔の人ゆきにけむ
一五一七:
何ごとも昔をきけばなさけありて故あるさまにしのばるる哉
一五一八:
嵯峨野の、みし世にもかはりてあらぬやうになりて、人いなんとしたりけるを見て
此里やさがのみかりの跡ならむ野山もはてはあせかはりけり
一五一九:
大覺寺の、金岡がたてたる石を見て
庭の岩にめたつる人もなからましかどあるさまにたてしおかねば
一五二〇:
瀧のわたりの木立、あらぬことになりて、松ばかりなみ立ちたりけるを見て
ながれみし岸の木立もあせはてて松のみこそは昔なるらめ
一五二一:
大覺寺の瀧殿の石ども、閑院にうつされて跡もなくなりたりと聞きて、見にまかりたりけるに、赤染が、今だにかかるとよみけん折おもひ出でられて、あはれとおもほえければよみける
今だにもかかりといひし瀧つせのその折までは昔なりけむ
一五二二:
題しらず
とだえせでいつまで人のかよひけむ嵐ぞわたる谷のかけ橋
一五二三:
うき世をばあらればあるにまかせつつ心よいたくものな思ひそ
一五二四:
世をすつる人はまことにすつるかは捨てぬ人こそ捨つるなりけれ
一五二五:
たのもしな君君にます折にあひて心の色を筆にそめつる
一五二六:
山里にうき世いとはむ友もがなくやしく過ぎし昔かたらむ
一五二七:
昔見し庭の小松に年ふりてあらしの音をこずゑにぞ聞く
一五二八:
見ればげに心もそれになりぞ行く枯野の薄有明の月
一五二九:
誰すみてあはれ知るらむ山ざとの雨降りすさむ夕暮の空
一五三〇:
數ならぬ身をも心のもりがほにうかれては又歸り來にけり
一五三一:
おろかなる心のひくにまかせてもさてさはいかにつひの住かは
一五三二:
うけがたき人のすがたにうかび出でてこりずや誰も又しづむらむ
一五三三:
世をいとふ名をだにもさはとどめおきて數ならぬ身の思ひ出にせむ
一五三四:
あはれただ草のいほりのさびしきは風より外にとふ人ぞなき
一五三五:
あはれなりよりより知らぬ野の末にかせぎを友になるるすみかは
一五三六:
山家のこころを
世を出でて溪に住みけるうれしさは古巣に殘る鶯のこゑ
一五三七:
山里は人來させじと思はねどとはるることぞうとくなり行く
一五三八:
人しらでつひのすみかにたのむべき山の奧にもとまりそめぬる
一五三九:
山深きさこそ心はかよふとも住まであはれは知らむ物かは
一五四〇:
遁世ののち、山家にてよみ侍りける
山里は庭の木ずゑのおとまでも世をすさみたるけしきなるかな
一五四一:
長柄を過ぎ侍りしに
津の國のながらの橋のかたもなし名はとどまりてきこえわたれど
一五四二:
そのかみこころざしつかうまつりけるならひに、世をのがれて後も、賀茂に參りける、年たかくなりて四國のかた修行しけるに、又歸りまゐらぬこともやとて、仁和二年十月十日の夜まゐりて幤まゐらせけり。内へもまゐらぬことなれば、たなうの社にとりつぎてまゐらせ給へとて、こころざしけるに、木間の月ほのぼのと常よりも神さび、あはれにおぼえてよみける
かしこまるしでに涙のかかるかな又いつかはとおもふ心に
一五四三:
題しらず
ふしみ過ぎぬをかのやに猶とどまらじ日野まで行きて駒こころみむ
一五四四:
宇治川をくだりける船の、かなつきと申すものをもて鯉のくだるをつきけるを見て
宇治川の早瀬おちまふれふ船のかづきにちかふこひのむらまけ
一五四五:
こばへつどふ沼の入江の藻のしたは人つけおかぬふしにぞありける
一五四六:
たねつくるつぼ井の水のひく末にえぶなあつまる落合のはた
一五四七:
しらなはにこあゆひかれて下る瀬にもちまうけたるこめのしき網
一五四八:
見るもうきは鵜繩ににぐるいろくづをのがらかさでもしたむもち網
一五四九:
秋風にすずきつり船はしるめりうのひとはしの名殘したひて
Subtitle
哀傷歌
一五五〇:
例ならぬ人の大亊なりけるが、四月に梨の花の咲きたりけるを見て、梨のほしきよしを願ひけるに、もしやと人に尋ねければ、枯れたるかしはにつつみたる梨を、唯一つ遣して、こればかりなど申したる返りごとに
花の折かしはにつつむしなの梨は一つなれどもありのみと見ゆ
一五五一:
秋頃、風わづらひける人を訪ひたりける返りごとに
消えぬべき露の命も君がとふことの葉にこそおきゐられけれ
一五五二:
かへし
吹き過ぐる風しやみなばたのもしき秋の野もせのつゆの白玉
一五五三:
院の小侍從、例ならぬこと、大亊にふし沈みて年月へにけりと聞きて、とひにまかりた
りけるに、このほど少しよろしきよし申して、人にもきかせぬ和琴の手ひきならしけるを
聞きて
琴の音に涙をそへてながすかな絶えなましかばと思ふあはれに
一五五四:
かへし
頼むべきこともなき身を今日までも何にかかれる玉の緒ならむ
一五五五:
風わずらひて山寺へかへり入りけるに人々訪ひて、よろしくなりなば又と申し侍りけるに、おのおの志を思ひしりて
定めなし風わづらはぬ折だにも又こんことを頼むべきよに
一五五六:
あだに散る木葉につけて思ふかな風さそふめる露の命を
一五五七:
我なくば此さとびとや秋ふかき露を袂にかけてしのばむ
一五五八:
さまざまに哀おほかる別かな心を君がやどにとどめて
一五五九:
歸れども人のなさけにしたはれて心は身にもそはずなりぬる
かへしどもありける、聞きおよばねばかかず
一五六〇:
同行にて侍りける上人、例ならぬこと大亊に侍りけるに、月のあかくて哀なるを見ける
もろともにながめながめて秋の月ひとりにならむことぞ悲しき
一五六一:
待賢門院かくれさせおはしましにける御跡に、人々、又の年の御はてまでさぶらはれけるに、南おもての花ちりける頃、堀河の女房のもとへ申し送りける
尋ぬとも風のつてにもきかじかし花と散りにし君が行方を
一五六二:
かへし
吹く風の行方しらするものならば花とちるにもおくれざらまし
一五六三:
美福門院の御骨、高野の菩提心院へわたされけるを見たてまつりて
今日や君おほふ五つの雲はれて心の月をみがき出づらむ
一五六四:
近衞院の御墓に、人に具して參りたりけるに、露のふかかりければ
みがかれし玉の栖を露ふかき野邊にうつして見るぞ悲しき
一五六五:
一院かくれさせおはしまして、やがて御所へ渡しまゐらせける夜、高野より出であひて參りたりける、いと悲しかりけり。此後おはしますべき所御覽じはじめけるそのかみの御ともに、右大臣さねよし、大納言と申しけるさぶらはれける、しのばせおはしますことにて、又人さぶらはざりけり。其をりの御ともにさぶらひけることの思ひ出でられて、折しもこよひに參りあひたる、昔今のこと思ひつづけられてよみける
今宵こそ思ひしらるれ淺からぬ君に契のある身なりけり
一五六六:
をさめまゐらせける所へ渡しまゐらせけるに
道かはるみゆきかなしき今宵かな限のたびとみるにつけても
一五六七:
納めまゐらせて後、御ともにさぶらはれし人々、たとへむ方なく悲しながら、限あることなりければ歸られにけり。はじめたることありて、明日までさぶらひてよめる
とはばやと思ひよりてぞ歎かまし昔ながらの我身なりせば
一五六八:
右大將きんよし、父の服のうちに、母なくなりぬと聞きて、高野よりとぶらひ申しける
かさねきる藤の衣をたよりにて心の色を染めよとぞ思ふ
一五六九:
かへし
藤衣かさぬる色はふかけれどあさき心のしまぬばかりぞ
一五七〇:
同じなげきし侍りける人のもとへ
君がため秋は世のうき折なれや去年も今年も物を思ひて
一五七一:
かへし
晴やらぬ去年の時雨の上に又かきくらさるる山めぐりかな
一五七二:
母なくなりて山寺にこもりゐたりける人を、ほどへて思ひいでて人のとひたりければ、かはりて
思ひいづるなさけを人のおなじくは其折とへな嬉しからまし
一五七三:
ゆかりありける人はかなくなりにける、とかくのわざに鳥部山へまかりて、歸るに
かぎりなく悲しかりけりとりべ山なきを送りて歸る心は
一五七四:
父のはかなくなりにけるそとばを見て、歸りける人に
なき跡をそとばかりみて歸るらむ人の心を思ひこそやれ
一五七五:
親かくれ、頼みたりけるむこ失せなどして歎きしける人の、又程なく娘にさへおくれけりと聞きてとぶらひけるに
此たびはさきざき見けむ夢よりもさめずや物は悲しかるらむ
一五七六:
五十日の果つかたに、二條院の御墓に御佛供養しける人に具して參りたりけるに、月あかくて哀なりければ
今宵君しでの山路の月をみて雲の上をや思ひいづらむ
一五七七:
御跡に三河内侍さぶらひけるに、九月十三夜人にかはりて
かくれにし君がみかげの戀しさに月に向ひてねをやなくらむ
一五七八:
かへし
内侍
我が君の光かくれし夕べよりやみにぞ迷ふ月はすめども
一五七九:
親におくれて歎きける人を、五十日過までとはざりければ、とふべき人のとはぬことをあやしみて、人に尋ぬと聞きて、かく思ひて今まで申さざりつるよし申して遣しける人にかはりて
なべてみな君がなさけをとふ數に思ひなされぬことのはもがな
一五八〇:
ゆかりにつけて物をおもひける人のもとより、などかとはざらむと、恨み遣したりける返りごとに
哀とも心に思ふ程ばかりいはれぬべくはとひもこそせめ
一五八一:
はかなくなりて年へにける人の文を、物の中より見出でて、むすめに侍りける人のもとへ見せにつかはすとて
涙をやしのばん人は流すべきあはれにみゆる水ぐきの跡
一五八二:
同行に侍りける上人、をはりよく思ふさまなりと聞きて申し送ける
寂然
亂れずと終り聞くこそ嬉しけれさても別はなぐさまねども
一五八三:
かへし
此世にて又あふまじき悲しさにすゝめし人ぞ心みだれし
一五八四:
とかくのわざ果てて、跡のことどもひろひて、高野へ參りて歸りたりけるに
寂然
いるさにはひろふかたみも殘りけり歸る山路の友は涙か
一五八五:
返亊
いかでとも思ひわかでぞ過ぎにける夢に山路を行く心地して
一五八六:
侍從大納言入道はかなくなりて、よひ曉につとめする僧おのおの歸りける日、申し送りける
行きちらむ今日の別を思ふにもさらに歎はそふここちする
一五八七:
かへし
ふししづむ身には心のあらばこそ更に歎もそふ心地せめ
一五八八:
此歌も、返しの外に具せられたりける
たぐひなき昔の人のかたみには君をのみこそたのみましけれ
一五八九:
かへし
いにしへのかたみになると聞くからにいとど露けき墨染の袖
一五九〇:
同じ日、のりつながもとへ遣しける
なき跡も今日までは猶名殘あるを明日や別を添へて忍ばむ
一五九一:
かへし
思へただ今日の別のかなしさに姿をかへて忍ぶ心を
やがてその日さまかへて後、此返亊かく申したりけり。いと哀なり
一五九二:
同じさまに世をのがれて大原にすみ侍りけるいもうとの、はかなく成にける哀とぶらひけるに
いかばかり君思はまし道にいらでたのもしからぬ別なりせば
一五九三:
かへし
たのもしき道には入りて行きしかど我が身をつめばいかがとぞ思ふ
一五九四:
院の二位の局身まかりける跡に、十の歌、人々よみけるに
流れゆく水に玉なすうたかたのあはれあだなる此世なりけり
一五九五:
きえぬめるもとの雫を思ふにも誰かは末の露の身ならぬ
一五九六:
送りおきて歸りし道の朝露を袖にうつすは涙なりけり
一五九七:
船岡のすそ野の塚の數そへて昔の人に君をなしつる
一五九八:
あらぬよの別はげにぞうかりける淺ぢが原を見るにつけても
一五九九:
後の世をとへと契りし言の葉や忘らるまじき形見なるらむ
一六:
おくれゐて涙にしづむ古里を玉のかげにも哀とやみる
一六〇一:
あとをとふ道にや君は入りぬらむ苦しき死出の山へかからで
一六〇二:
名殘さへ程なく過ぎばかなしきに七日の數を重ねずもがな
一六〇三:
跡しのぶ人にさへまた別るべきその日をかねて知る涙かな
一六〇四:
跡のことども果てて、ちりぢりに成にけるに、しげのり、ながのりなど涙ながして、今日にさへ又と申しける程に、南面の櫻に鶯の鳴きけるを聞きてよみける
櫻花ちりぢりになるこのもとに名殘を惜しむ鶯のこゑ
一六〇五:
かへし
少將ながのり
ちる花は又こん春も咲きぬべし別はいつかめぐりあふべき
一六〇六:
同じ日、くれけるままに雨のかきくらし降りければ
哀しる空も心のありければなみだに雨をそふるなりけり
一六〇七:
かへし
院少納言局
哀しる空にはあらじわび人の涙ぞ今日は雨とふるらむ
一六〇八:
行きちりて又の朝つかはしける
けさはいかに思ひの色のまさるらむ昨日にさへも又別れつつ
一六〇九:
かへし
少將ながのり
君にさへ立ち別れつつ今日よりぞ慰むかたはげになかりける
一六一〇:
兄の入道想空はかなくなりけるを、とはざりければいひつかはしける
寂然
とへかしな別の袖に露しげき蓬がもとの心ぼそさを
一六一一:
待ちわびぬおくれさきだつ哀をも君ならでさは誰かとふべき
一六一二:
別れにし人のふたたび跡をみば恨みやせましとはぬ心を
一六一三:
いかがせむ跡の哀はとはずとも別れし人の行方たづねよ
一六一四:
中々にとはぬは深きかたもあらむ心淺くも恨みつるかな
一六一五:
かへし
分けいりて蓬が露をこぼさじと思ふも人をとふにあらずや
一六一六:
よそに思ふ別ならねば誰をかは身より外にはとふべかりける
一六一七:
へだてなき法のことばにたよりえて蓮の露にあはれかくらむ
一六一八:
なき人を忍ぶ思ひのなぐさまば跡をも千たびとひこそはせめ
一六一九:
御法をば言葉なけれど説くと聞けば深き哀はいはでこそ思へ
一六二〇:
是は具してつかはしける
露深き野べになり行く古郷は思ひやるにも袖しをれけり
一六二一:
人におくれてなげきける人に遣しける
なき跡の面影をのみ身にそへてさこそは人の戀しかるらめ
一六二二:
はかなくなりける人の跡に、又十日のうちに一品經供養しけるに、化城喩品
やすむべき宿をば思へ中空の旅も何かはくるしかるべき
一六二三:
なき人の跡に一品經供養しけるに、壽量品を人にかはりて
雲晴るるわしの御山の月かげを心すみてや君ながむらむ
一六二四:
鳥部野にてとかくのわざしける煙のうちより出づる月あはれに見えければ
鳥部山わしの高嶺のすゑならむ煙を分けて出づる月かげ
一六二五:
諸行無常のこころを
はかなくて行きにし方を思ふにも今もさこそは朝がほの露
一六二六:
曉無常を
つきはてしその入あひの程なさを此曉に思ひしりぬる
一六二七:
無常の歌あまたよみける中に
いづくにかねぶりねぶりてたふれふさむと思ふ悲しき道芝の露
一六二八:
おどろかむと思ふ心のあらばやは長きねぶりの夢も覺むべく
一六二九:
風あらき磯にかかれるあま人はつながぬ舟の心地こそすれ
一六三〇:
大浪にひかれ出でたる心地してたすけ船なき沖にゆらるる
一六三一:
なき跡を誰としらねど鳥部山おのおのすごき塚の夕ぐれ
一六三二:
波高き世をこぎこぎて人はみな舟岡山をとまりにぞする
一六三三:
しにてふさむ苔の莚を思ふよりかねてしらるる岩かげの露
一六三四:
露と消えば蓮臺野にを送りおけ願ふ心を名にあらはさむ
一六三五:
かたがたにあはれなるべき此の世かなあるを思ふもなきを忍ぶも
一六三六:
世の中のうきもうからず思ひとけば淺茅にむすぶ露の白玉
一六三七:
誰とてもとまるべきかはあだし野の草の葉ごとにすがる白露
一六三八:
いつなげきいつ思ふべきことなれば後の世知らで人のすぐらむ
一六三九:
さてもこはいかがはすべき世の中にあるにもあらずなきにしもなし
一六四〇:
百首の歌の中に無常十首
はかなしな千とせと思ひし昔をも夢のうちにて過ぎにけるには
一六四一:
さゝがにの糸に貫く露の玉をかけてかざれる世にこそありけれ
一六四二:
うつつをも現とさらに思はねば夢をば夢と何かおもはむ
一六四三:
さらぬこともあと方なきをわきてなど露をあだにもいひも置きけむ
一六四四:
灯のかかげぢからもなくなりてとまる光を待つ我が身かな
一六四五:
水ひたる池にうるほふしたたりを命に頼むいろくづやたれ
一六四六:
みぎは近く引きよせらるる大網にいくせの物の命こもれり
一六四七:
うらうらとしなんずるなと思ひとけば心のやがてさぞとこたふる
一六四八:
いひすてて後の行方を思ひはてばさてさはいかにうら嶋の筥
一六四九:
世の中になくなる人を聞くたびに思ひは知るをおろかなる身に
釋教歌
一六五〇:
心ざすことありて、扇を佛にまゐらせけるに、新院より給ひけるに、女房承りて、つつみ紙にかきつけられける
ありがたき法にあふぎの風ならば心の塵をはらへとぞ思ふ
一六五一:
御返し承りける
ちりばかりうたがふ心なからなむ法をあふぎて頼むとならば
一六五二:
仁和寺の宮にて、道心逐年深といふことをよませ給ひけるに
淺く出でし心の水やたたふらむすみ行くままにふかくなるかな
一六五三:
閑中曉心といふことを、同じ夜
あらしのみ時々窓におとづれて明けぬる空の名殘をぞ思ふ
一六五四:
寂超入道、談議すと聞きてつかはしける
ひろむらむ法にはあはぬ身なりとも名を聞く數にいらざらめやは
一六五五:
かへし
つたへきく流なりとも法の水汲む人からやふかくなるらむ
一六五六:
さだのぶ入道、觀音寺に堂つくりに結縁すべきよし申しつかはすとて
觀音寺入道生光
寺つくる此我が谷につちうめよ君ばかりこそ山もくずさめ
一六五七:
かへし
山くづす其力ねはかたくとも心だくみを添へこそはせめ
一六五八:
阿闍梨勝命、千人あつめて法華經結縁せさせけるに參りて、又の日つかはしける
つらなりし昔に露もかはらじと思ひしられし法の庭かな
一六五九:
人にかはりて、これもつかはしける
いにしへにもれけむことの悲しさは昨日の庭に心ゆきにき
一六六〇:
世につかへぬべきやうなるゆかりあまたありける人の、さもなかりけることを思ひて、清水に年越に籠りたりけるにつかはしける
此春はえだえだごとにさかゆべし枯たる木だに花は咲くめり
一六六一:
是も具して
あはれびの深きちかひにたのもしき清きながれの底くまれつつ
一六六二:
心性さだまらずといふことを題にて、人々よみけるに
雲雀たつあら野におふる姫ゆりのなににつくともなき心かな
一六六三:
懺悔業障といふことを
まどひつつ過ぎけるかたの悔しさになくなく身をぞけふは恨むる
一六六四:
遇教待龍花といふことを
朝日まつほどはやみにてまよはまし有明の月の影なかりせば
一六六五:
日のいるつづみのごとし
波のうつ音をつづみにまがふれば入日の影のうちてゆらるる
一六六六:
見月思西といふことを
山のはにかくるる月をながむれば我も心の西に入るかな
一六六七:
曉念佛といふことを
夢さむるかねのひびきにうち添へて十度の御名をとなへつるかな
一六六八:
易往無人の文を
西へ行く月をやよそに思ふらむ心にいらぬ人のためには
一六六九:
人命不停速於山水の文のこころを
山川のみなぎる水の音きけばせむる命ぞ思ひしらるる
一六七〇:
菩提心論に至身命而不恍惜文を
あだならぬやがてさとりに歸りけり人のためにもすつる命は
一六七一:
疏文に心自悟心自證心
まどひきてさとりうべくもなかりつる心を知るは心なりけり
一六七二:
觀心
闇晴れて心の空にすむ月は西の山べやちかくなるらむ
一六七三:
序品
散りまがふ花のにほひをさきだてて光を法の莚にぞしく
一六七四:
花の香をつらなる軒に吹きしめてさとれと風のちらすなりけり
一六七五:
方便品、深著於五欲の文を
こりもせずうき世の闇にまよふかな身を思はぬは心なりけり
一六七六:
譬喩品
法しらぬ人をぞげにはうしとみる三の車にこころかけねば
一六七七:
五百弟子品
おのづから清き心にみがかれて玉ときかくる法を知るかな
一六七八:
提婆品
これやさは年つもるまでこりつめし法にあふごの薪なるらむ
一六七九:
いかにして聞くことのかくやすからむあだに思ひてえつる法かは
一六八〇:
いさぎよき玉を心にみがき出でていはけなき身に悟をぞえし
一六八一:
勸持品
天雲のはるるみ空の月かげに恨なぐさむをばすての山
一六八二:
壽量品
わしの山月を入りぬと見る人はくらきにまよふ心なりけり
一六八三:
さとりえし心の月のあらはれて鷲の高嶺にすむにぞありける
一六八四:
鷲の山くもる心のなかりせば誰も見るべき有明の月
一六八五:
一心欲見佛の文を人々よみけるに
鷲の山誰かは月を見ざるべき心にかかる雲しなければ
一六八六:
神力品於我滅度後の文を
行末のためにとどめぬ法ならば何か我が身にたのみあらまし
一六八七:
普賢品
散りしきし花の匂ひの名殘多みたたまうかりし法の庭かな
一六八八:
心經
何ごとも空しき法の心にて罪ある身とはつゆも思はず
一六八九:
無上菩提の心をよみける
わしの山上くらからぬ嶺なればあたりをはらふ有明の月
一六九〇:
和光同塵は結縁のはじめといふことをよみけるに
いかなれば塵にまじりてます神につかふる人はきよまはるらむ
一六九一:
六道の歌よみけるに、地獄
罪人のしめるよもなく燃ゆる火の薪とならんことぞ悲しき
一六九二:
餓鬼
朝夕の子をやしなひにすと聞けばくにすぐれても悲しかるらむ
一六九三:
畜生
かぐら歌に草とりかふはいたけれど猶其駒になることはうし
一六九四:
修羅
よしなしなあらそふことをたてにして怒をのみも結ぶ心は
一六九五:
人
ありがたき人になりけるかひありて悟りもとむる心あらなむ
一六九六:
天
雲の上の樂みとてもかひぞなきさてしもやがて住みしはてねば
一六九七:
百首の歌の中釋教十首
きりきわうの夢のうちに三首
まどひてし心を誰も忘れつつひかへらるなることのうきかな
一六九八:
ひきひきにわがたてつると思ひける人の心やせばまくのきぬ
一六九九:
末の世の人の心をみがくべき玉をも塵にまぜてけるかな
一七:
無量義經三首
悟ひろき此法をまづ説き置きて二つなしとは云ひきはめける
一七〇一:
山櫻つぼみはじむる花の枝に春をばこめて霞むなりけり
一七〇二:
身につきてもゆる思ひの消えましや凉しき風のあふがざりせば
一七〇三:
千手經三首
花まではみに似ざるべし朽ち果てて枝もなき木の根をな枯らしそ
一七〇四:
誓ありて願はむ國へ行くべくはにしのかどよりさとりひらかむ
一七〇五:
さまざまにたな心なる誓をばなもの言葉にふさねたるかな
一七〇六:
又一首のこころを
やう梅の春の匂ひはへんきちの功?なり、紫蘭の秋の色は普賢菩薩のしんさうなり
野邊の色も春の匂ひもおしなべて心そめたる悟りにぞなる
Subtitle
神祇歌
一七〇七:
月の夜賀茂にまゐりてよみ侍りける
月のすむみおやがはらに霜さえて千鳥とほたつ聲きこゆなり
一七〇八:
題しらず
思ふことみあれのしめにひく鈴のかなはずばよしならじとぞ思ふ
一七〇九:
里人の大ぬさ小ぬさ立てなめてむなかた結ぶ野邊になりけり
一七一〇:
俊惠天王寺にこもりて、人々具して住吉にまゐり歌よみけるに具して
住よしの松が根あらふ浪のおとを梢にかくる沖つしら波
一七一一:
伊勢に齋王おはしまさで年經にけり。齋宮、木立ばかりさかと見えて、つい垣もなきやうになりたりけるをみて
いつか又いつきの宮のいつかれてしめのみうちに塵を拂はむ
一七一二:
齋宮おりさせ給ひて本院の前を過ぎけるに、人のうちへ入りければ、ゆかしうおぼえて具して見まはりけるに、かくやありけんとあはれに覺えて、おりておはします處へ、せんじの局のもとへ申し遣しける
君すまぬ御うちは荒れてありす川いむ姿をもうつしつるかな
一七一三:
かへし
思ひきやいみこし人のつてにして馴れし御うちを聞かむものとは
一七一四:
齋院おはしまさぬ頃にて、祭の歸さもなかりければ、紫野を通るとて
紫の色なきころの野邊なれやかたまほりにてかけぬ葵は
一七一五:
北まつりの頃、賀茂に參りたりけるに、折うれしくて待たるる程に、使まゐりたり。はし殿につきてへいふしをがまるるまではさることにて、舞人のけしきふるまひ、見し世のことともおぼえず、あづま遊にことうつ、陪從もなかりけり。さこそ末の世ならめ、神いかに見給ふらむと、恥しきここちしてよみ侍りける
神の代もかはりにけりと見ゆるかな其ことわざのあらずなるにて
一七一六:
ふけ行くままに、みたらしのおと神さびてきこえければ
みたらしの流はいつもかはらぬを末にしなればあさましの世や
一七一七:
神樂に星を
ふけて出づるみ山も嶺のあか星は月待ち得たる心地こそすれ
一七一八:
百首の歌の中、神祇二首
神樂二首
めづらしなあさくら山の雲井よりしたひ出でたるあか星の影
一七一九:
名殘いかにかへすがへすも惜しからむ其駒にたつ神樂どねりは
一七二〇:
賀茂ニ首
みたらしにわかなすすぎて宮人のま手にささげてみと開くめる
一七二一:
長月の力あはせに勝ちにけりわがかたをかをつよく頼みて
一七二二:
男山ニ首
今日の駒はみつのさうぶをおひてこそかたきをらちにかけて通らめ
一七二三:
放生會
みこしをさの聲さきだてて降りますをとかしこまる神の宮人
一七二四:
熊野ニ首
三熊野のむなしきことはあらじかしむしたれいたのはこぶ歩みは
一七二五:
あらたなる熊野詣のしるしをばこほりの垢離にうべきなりけり
一七二六:
みもすそニ首
初春をくまなく照らす影を見て月にまづ知るみもすその岸
一七二七:
みもすその岸の岩根によをこめてかためたてたる宮柱かな
底本:新訂山家集
校訂:佐佐木信綱
発行所:株式会社岩波書店
初版:一九二八年一〇月〇五日第 一刷発行
発行:一九九八年〇七月二四日第六一刷発行
ISBN四−−三二三一−八
底本親本:著名:山家集類題
校訂:松本柳齋
《校正追補》
〇七二六:三「萩の葉を」−>「荻の葉を」
〇七四〇:二「いせの濱萩」−>「いせの濱荻」
〇八一五:二「萩の音には」−>「荻の音には」
一一七三:五「萩の上風」−>「荻の上風」
一二一八:五「萩の上風」−>「荻の上風」
一二二五:一「萩の音は」−>「荻の音は」
一三四八:詞「萩にまがひて」−>「荻にまがひて」
一三四八:二「萩吹く風の」−>「荻吹く風の」
〇六七七:欠番
〇六八八:欠番
〇九四六〜〇九六七:欠番
一四三一:
八嶋内府、鎌倉にむかへられて、京へまた送られ給ひけり。武士の、 red>母のことのはさることにて、右衞門督のことを思ふにぞとて、泣き給ひけると聞きて
夜の鶴の都のうちを出でであれなこのおもひにはまどはざらまし
一四三一:
八嶋内府、鎌倉にむかへられて、京へまた送られ給ひけり。武士の、 blue>母のことはさることにて、右衞門督のことを思ふにぞとて、泣き給ひけると聞きて
夜の鶴の都のうちを出でであれなこのおもひにはまどはざらまし
〇八七三:
やがてそれが上は、大師の御師にあひまゐらせおはしましたる嶺なり。【以下略】
〇八七三:
やがてそれが上は、大師の御師にあひまゐらせさせおはしましたる嶺なり。【以下略】
一四四一:
寂蓮、人々すすめて、百歌の歌よませ侍りけるに、いなびて、【以下略】
一四四一:
寂蓮、人々すすめて、百首の歌よませ侍りけるに、いなびて、【以下略】
〇九四六:
みちのくにへ修行してまかりけるに、白河の關にとまりて、【以下略】
白河の關屋を月のもる影は人のこころをとむるなりけり
〇九四六:
みちのくにへ修行してまかりけるに、白川の關にとまりて、【以下略】
白川の關屋を月のもる影は人のこころをとむるなりけり
−−−−
〇九四七:
【詞書略】
都出でてあふ坂越えし折までは心かすめし白河の關
〇九四七:
【詞書略】
都出でてあふ坂越えし折までは心かすめし白川の關
−−−−
一三四一:
八條院の宮と申しけるをり、白河殿にて蟲あはせられけるに、【以下略】
一三四一:
八條院の宮と申しけるをり、白川殿にて蟲あはせられけるに、【以下略】
一三六五:四「千鳥」−>「千島」
【誤】
〇八七五:
ひゝしぶかはと申す所へまかりて、・・・【以下略】
【正】
〇八七五:
ひゝしぶかはと申す方へまかりて、・・・【以下略】
一四二七:五「しるべあがふな」−>「しるべたがふな」
一三一六:二「いせの濱萩」−>「いせの濱荻」
一七一一:詞書
【誤】
伊勢に齋王おはしまさで年經にけり。齋宮、立木ばかりさかと見えて、・・・【以下略】
【正】
伊勢に齋王おはしまさで年經にけり。齋宮、木立ばかりさかと見えて、・・・【以下略】
一一九五:
【誤】
朝霧にぬれにし袖をほす程にやがて夕だつわが涙かな
【正】
朝露にぬれにし袖をほす程にやがて夕だつわが涙かな
八四:
【誤】
春霞いづち立ち出で行きにけむきぎす棲む野を燒きてけるかな
【正】
春霞いづち立ち出て行きにけむきぎす棲む野を燒きてけるかな
〇一二九:
【誤】
吉野山梢の花を身し日より心は身にも添はずなりにき
【正】
吉野山梢の花を見し日より心は身にも添はずなりにき
〇五三六:
【誤】
月前萩
月すむと萩植ゑざらむ宿ならばあはれすくなき秋にやあらまし
【正】
月前荻
月すむと荻植ゑざらむ宿ならばあはれすくなき秋にやあらまし
一六六二:
心性さだまらずといふことを題にて、人々よみけるに
【誤】
雲雀たつあら野のおふる姫ゆりのなににつくともなき心かな
【正】
雲雀たつあら野におふる姫ゆりのなににつくともなき心かな
一六九九:
【誤】
末の世に人の心をみがくべき玉をも塵にまぜてけるかな
【正】
末の世の人の心をみがくべき玉をも塵にまぜてけるかな
〇四一四:
女郎花帶露といふことを
【誤】
花の枝に露のしら玉ぬきかけて祈る袖ぬらす女郎花かな
【正】
花の枝に露のしら玉ぬきかけて折る袖ぬらす女郎花かな
〇五二四:
月瀧を照らすといふこと